オフサイド・トリップBACK NUMBER
イングランド、W杯招致惨敗の理由。
英メディアとFIFA、その暗闘の全貌。
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byAP/AFLO
posted2010/12/04 08:00
自国で最も権威あるプレゼンテーターともいえる、ベッカムとウィリアム王子のふたりと、キャメロン首相まで出席したにもかかわらず敗北したイングランド
なぜBBCはこのタイミングで暴露番組を放送したのか?
一部の従業員(イングランドのマスコミ)は、なぜこんな行動をとってしまったのか。特にBBCにいたっては、実はW杯を誘致したくなかったのではないかと陰謀説を邪推したくなるほどだ。
「あのタイミングで特番を放送したのは、W杯への関心が一番高まる時期に視聴者の関心を最も惹きつけられる番組を流したいという、業界関係者の本能によるものだと思う。他意はなかったはずだ」
こう弁護するのは、イギリスを代表する大衆紙のトップ記者として、長年にわたって健筆を振るってきた経歴を持つ人物である。
「私もイアン・ライトの意見にはある程度賛成するが、そもそもスクープをとって販売部数や視聴率を稼ぐことで我々の商売は成り立っている。それにW杯をうまく招致できれば、一回限りのスクープ番組とは比較にならないほど大きな視聴率を稼げることは、当のBBCのスタッフが誰よりもわかっている。『パノラマ』の内容にしても、メインとなる部分は古い事件を蒸し返しただけに過ぎない。招致活動に特に大きなダメージにはならないと判断したんだろう」
むろん事の真相は知る由もない。投票結果の詳細がわかるまでは、メディアの報道がどこまで投票に影響したのかを推測することすら不可能だ。現地では「最終的には、これまで大会を開催した経験がない国を選ぶという方針に押し切られた。報道は問題にはならなかった」と解釈する向きもある。
今回は「報道の自由に対する代償を支払った」ということ。
だがベッカムがW杯の'98年大会で退場になったときのように、イングランドは「一人の愚か者(地元メディア)」のせいで勝てる試合を落とした、無分別な報道のためにまたとないチャンスを逃したという世論は、これから一気に噴出してくるだろう。仮にそれが真相だとするなら、イングランドのメディアは取り返しのつかない過ちを犯したということにならないだろうか。先ほどの記者は続けてこうも述べていた。
「我々イングランドのメディアは、何人にも阿(おもね)らない独自の報道を行うことにプライドをもっている。だから招致活動のような活動についても事実をきちんと報道する義務がある。不正が行われているのを知りながら自主規制して眼をそむけようとするのは、中国や北朝鮮と同じような検閲国家を支持することにもつながるんだ。
もちろん個人的には、イングランドが2018年大会を開催するのを心から願っていた。でも報道の自由を順守することは、W杯を招致すること以上に、社会全体にとって有益な活動だと私は信じている。だから今回の結果は、報道の自由に対する代償を支払ったということになるのかもしれないな」
サッカーの母国に「フットボールが戻ってくる」のは、どんなに早くても2026年以降となった。「戦犯探し」で暇を潰すとしても、16年間というのはあまりにも長い。イングランドが代表チームをまともに立て直すためには、そのくらいの時間が必要なのかもしれないが。