オフサイド・トリップBACK NUMBER
イングランド、W杯招致惨敗の理由。
英メディアとFIFA、その暗闘の全貌。
text by
田邊雅之Masayuki Tanabe
photograph byAP/AFLO
posted2010/12/04 08:00
自国で最も権威あるプレゼンテーターともいえる、ベッカムとウィリアム王子のふたりと、キャメロン首相まで出席したにもかかわらず敗北したイングランド
投票日の3日前にTVで流されたFIFAの不正告発番組。
ただし、これら二つの記事が掲載された段階でも、イングランドの招致活動はまだかろうじてアドバンテージを保っていた。
現にFIFAのゼップ・ブラッター会長は、「W杯を開催する一番簡単な方法はイングランドに行くことだ。ファン、スタジアム、インフラ、あそこにはすべてがある」とイングランドを後押しするようなコメントを8月に出していたし、10月のサンデー・タイムズ紙の報道に関しても「罠(おとり取材)を仕掛けるのはフェアではないが、これがイングランドの招致活動に影響を及ぼすとは限らないだろう?」とまで語っている。
ところがいよいよ投票まで秒読み段階となった時点で、イングランドのメディアは致命的とも思えるようなオウンゴールを献上してしまう。
それが11月29日、投票のわずか3日前のゴールデンタイムに、BBCが鳴り物入りで放送した特番「パノラマ」だった。
BBCは番組内でFIFAの理事3名、(イサ・ハヤトゥ副会長:アフリカサッカー連盟会長、ニコラス・レオス理事:南米サッカー連盟会長、リカルド・テシェイラ理事:ブラジルサッカー連盟会長)が'89年から'99年にかけて、ISL(2001年に倒産したFIFAのマーケティング会社)から計1億ドルの賄賂を受け取っていたと指摘する。
と同時にジャック・ワーナー副会長(北中米カリブ海サッカー連盟会長)が、W杯ドイツ大会と南ア大会で入場券の転売にかかわっていたともレポートしたのである。
FIFAも英国サッカー関係者も、堪忍袋の緒が切れた!!
FIFAの理事は「パノラマ」に激怒。法廷闘争も辞さない姿勢を示したが、怒りを顕にしたのはイングランドのサッカー関係者も同様だった。
10月に報道されたサンデー・タイムズ紙のスクープと併せれば、これでイングランドのメディアはFIFAの理事会メンバー6名を吊るし上げた格好になる。よりによって「パノラマ」で名指しされたジャック・ワーナーは、イングランドのシンパとされるトリニダード・トバゴ出身の理事で、イングランドが招致を成功させるキーパーソンの一人とも目されていた。
イングランドサッカー関係者の憤慨を最もよく代弁したのは、イアン・ライト('90年代にアーセナルやイングランド代表で活躍した名FW)だろう。彼はザ・サン紙に寄稿しているコラムの中で、「脳なし、裏切り者、バカ丸出し」と題して、BBCを徹底的に糾弾している。
「BBCは馬鹿げたほど愛国心がない。自分は腹をたてることもできない。もう笑うしかないよ。FIFAの内部に深刻な問題があるのは明らかだ。こういう問題は目を向けなければならないし、多分、公正で独立した調査が必要なのかもしれない。
でもそれを今やる必要はない。4人の人間が不正行為で告発されたが、そのうちの3件は1989年から1999年にかけて行われた金銭授受だ。20年も前の事件を投票が行われるわずか数日前に告発しているんだ。しかもBBCは、ジャック・ワーナーとイサ・ハヤトゥという、これから投票するかもしれない二人の理事もとりあげている」
イアン・ライトが罵倒したくなる気持ちはよくわかる。たとえばNHKがW杯投票の直前に特番を組む。しかもそのなかで、日本に投票すると言われているFIFAの理事を犯罪者扱いし招致にも失敗したとなれば、サッカーファンは誰一人として受信料を払わなくなるだろう。
BBCの振る舞いは、かれこれ50年近く客足が途絶えた(前回のイングランドW杯開催は1966年)、老舗旅館の例に喩えることもできる。女将や番頭は「私たちの宿に是非お越しください」と声を嗄らしながら、平身低頭で必死に客引きに励んでいる。だが傍らでは、別の従業員が客を罪人呼ばわりし、石の礫(つぶて)を投げながら「泊りにくるな」と大声で叫び続けているのである。