ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

「熊缶」を携えて峠を歩き、
アメリカ本土最高峰で見た朝日。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/07/21 08:01

「熊缶」を携えて峠を歩き、アメリカ本土最高峰で見た朝日。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

アメリカ本土最高峰のホイットニー山頂でワイルドな記念写真をとる井手くん。日焼けとヒゲでたくましくなってきた。

 テントを叩く雨音は、次第に強くなる。昨日は美しく感じたカリフォルニアの霧雨が、今は大きな粒となって僕を濡らし、体温を奪う。

 今、テントを解体して外に出るのが賢明でないことは明らかだ。雲は頭上を広く覆っているが、とりあえずこのままテントの中で様子を見よう。幸い、食糧は十分だし、雨のおかげで水の心配もいらないはずだ。

 さて、そんなわけでこの時間を使って原稿の続きを書いている。どこからだったか。そうそう、前回は砂漠の町、モハベをなんとか苦労しつつ発ったところまでだった。

炊き出しを味わっていると突然、悲鳴が聞こえた。

 相変わらず続く強風。まさか、最後の砂漠区間をフードを被り、グローブを付けて歩くことになるとは思わなかった。もっとも、終盤は暑さと水不足にもしっかりと苦しめられたのだが。

 驚いたのはモハベの町を発ってから5日目、Walker passという、車道と交差する地点での出来事だ。

 食糧の残量を気にしつつ歩いていると、大型テントが車道近くに張ってある。近づいて見るとエンジェルたちによる炊き出しが行なわれていた。「Hiker!」という歓声と拍手。ソーダとアイスクリームを手渡され、ビニールの椅子に案内される。

 こうしたサポートは砂漠のハードな環境では本当にありがたい。

 好意に甘え、日陰に設置された椅子でくつろいでいると、突然悲鳴が聞こえた。

 人が倒れている。暑さにやられてしまったのだろうか。

 駆け寄って状況を聞くと、なんと倒れているのはエンジェルであった。炎天下の中で僕たちハイカーをもてなしてくれるエンジェルたちも、僕たちと同じように、あるいはそれ以上に体を張ってくれているのだろう。

 ハイカーとエンジェル総出で介抱する。30分ほどすると、車の通りが少ない山の峠にサイレンを鳴らしてレスキュー隊がやってきた。

 蜃気楼揺らめく山並みに、赤い緊急ランプとサイレンは不釣り合いだった。

【次ページ】 たどり着いたのは、あの時のTomの家だった。

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