ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

「熊缶」を携えて峠を歩き、
アメリカ本土最高峰で見た朝日。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/07/21 08:01

「熊缶」を携えて峠を歩き、アメリカ本土最高峰で見た朝日。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

アメリカ本土最高峰のホイットニー山頂でワイルドな記念写真をとる井手くん。日焼けとヒゲでたくましくなってきた。

たどり着いたのは、あの時のTomの家だった。

 その2日後には、僕はシエラネバダ山脈の入口、Kennedy meadowsについた。トレイルのガイドブックを開くとAKA Tom's placeと書いてある。

「もしや」と思いつつたどりついたそこは、やはりあの時のTomの家であった(連載第3回を参照)。彼は5年ほど前からここに住み、シエラネバダへと挑んでいく前線基地としての設備を整え、ハイカーたちに提供しているのだという。

 たしかに、彼の家の他には簡素なストアが一軒あるだけで、どうにも心もとない。

 通常であればシャワーと洗濯を引き受けてくれるようだが、水不足で断水中だという。それでも僕は、川にいって「シャワー」を浴び、「ランドリー」を済ますことができた。

 庭にテントを張らせてもらい、彼が用意してくれたコーヒーを飲む。相変わらず、薄くて美味しくなかったが、僕の体も心も温めてくれた。

熊から身を守る「熊缶」が必須の区間。

 ここから先の区間は本格的な熊の生息地となり、僕たちバックパッカーは、「Bear canister」という熊缶を携帯しなければならない。

 キャンプをする際は、この熊缶に、食糧はもちろん、歯ブラシやハンドクリームといった、匂いを発するもの全てを詰め、テントから離して置く。こうすることで、驚くべき嗅覚を持つ熊から身を守ることが出来るのだという。

 僕たちの身体や衣類のほうがよっぽど臭うのではないかと疑問に感じたが、食欲をそそるかと考えてみると、僕が缶に入る必要はなさそうだ。

 僕はこの熊缶を歩き出した直後のキックオフパーティで購入し、予めここKennedy meadowsに送ってあった。

 しかし、送り先のストアに名前を告げると、まだ届いていないという。なんと、僕が熊缶のメーカーに伝えていた到着予定日より2週間ほど早く着いてしまったのだ。

 これには参った。ここで2週間も熊缶の到着を待つ気には到底なれない。

【次ページ】 何とか手に入れた他人の熊缶で難を逃れる。

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