ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

「熊缶」を携えて峠を歩き、
アメリカ本土最高峰で見た朝日。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/07/21 08:01

「熊缶」を携えて峠を歩き、アメリカ本土最高峰で見た朝日。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

アメリカ本土最高峰のホイットニー山頂でワイルドな記念写真をとる井手くん。日焼けとヒゲでたくましくなってきた。

しかし翌朝、山頂に到着する前に……。

 翌朝、眠い目をこすりつつ、寝袋と食糧などをザックに詰めて外に出る。

 ずいぶんと明るい。ぼくは焦る気持ちを殺しつつ、意識的にゆっくりとホイットニーの山頂を目指した。以前富士山に登った時に高山病に罹患してしまったのを覚えていたからだ。

 だが、山頂に着く前に辺りは明るくなってしまう。マヌケっぷりに自分でも笑ってしまったが、西側と東側でくっきりと陰と陽が分かれた景観は美しく、悪くないなと思った。

 山頂は思いの外広く平らで、雷からの退避用に小屋が一軒立っている。どこが一番高い地点なのかわからない。日本の山のような三角点はなく、探して探してやっと岩に埋め込まれたオブジェを見つけた。

 先客は2人だけで、その2人もすぐに降りてしまった。寝袋にくるまっていたので、ご来光を眺めていたのだろう。昨日の登山口の様子からして、大混雑を予想していたのだが、結果的にこの時間、僕はアメリカ本土で一番高い場所にいる唯一の人物となった。

 案外、アメリカ人の雰囲気からすると、ご来光などには拘らないのかもしれないなと思う。セルフタイマーで写真を撮り、僕は下山を開始した。

 途中で沢山の登山客とすれ違い、彼らに感想を聞かれる。僕はその度に自分のボキャブラリーの少なさを恨めしく思ったが、考えてみたら日本語でだって、あの美しさを語る語彙をそう多くは見出せないだろう。

 ベースキャンプまで降り、寝不足を解消すべく昼寝をとり、PCTへ復帰した。

本当に美しい、天国のような道を歩く。

 翌朝はPCTのルートで最も標高が高い峠であるForester Passを越えた。ところどころ雪でトレイルが埋まっており、目印となる大きな、美しい湖を目指して標高を落として行った。

 この区間は本当に美しく、天国のようであった。あまりに美しくてひとりぼっちなので、僕は死んでしまったのだろうかと本気で考えたくらいだ。

 Kearsarge passというPCTの東側の峠を越えて登山口に降りる。狙い通り日曜日に下山できたことで、週末ハイカーたちが多く駐車場にいた。

 僕は若いカップルにお願いして、Bishopという比較的大きな町に降りることができた。フォルクスワーゲンのゴルフにクライミング用品をどっさりと詰め込んだ彼らは、2週間の休みをとり、国道395号線に沿ってクライミングとバックパッキングを愉しんでいる最中であった。

 Independenceという、登山口に近い小さな町を通過し、そこから40マイルほどのロングドライブ。車中で会話が続かなくなると、英語力がないことの申し訳なさがこみ上げて来る。

 オーウェンズ・バレーの美しい景観が夕焼けに染まって目にしみる。

【次ページ】 感謝の気持ちを忘れてはいけないが……。

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