野ボール横丁BACK NUMBER
「裏切り」と「驚き」があった早実。
奇跡を見せずに終わった甲子園の夏。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2010/08/17 20:00
6-10。
1、2回戦と違い、17日、関東一高に敗れた早実には、負けた試合だから当然といえばそうだが、新たな驚きは感じられなかった。それまでは、よくも悪くもわかりにくいチームだった。
たとえば、21-6。
14日の2回戦、誰がこんなスコアを予想しただろうか。どれだけ投手力が弱かろうと相手は昨夏の優勝校、天下の中京大中京だ。この夏、激戦区・愛知を勝ち抜いてきているチームでもある。
中京大中京戦のあと、監督の和泉実がこんな話をしていた。
「本当にこのチームには毎回毎回、驚かされる。いい意味で裏切ってくれるよね」
早実の「強さ」は、この言葉に集約されている。
2006年夏、斎藤佑樹を擁し全国制覇を成し遂げたチームもそうだった。1試合ごと、違う表情を見せ、決勝戦を迎えるころには、初戦とはまったく異なった雰囲気を持つチームになっていた。
早実には大会中の伸びしろがたっぷりあったのだが……。
ただ、そういうカラーを持っているだけに大会序盤は「鍛え上げられた感」が無い。この夏も、中京大中京戦ではこんなプレーがあった。
1回表、2死一、二塁から、3番・安田のライト前ヒットが出たのだが、二塁走者を迎え入れることができなかった。三塁コーチャーが制止したためなのだが、ライトの位置、打球の勢い、走者のスタートを見たら、明らかに走らせる場面だ。甲子園レベルのチームで、あの場面で走者を止めるという判断はにわかには信じがたい。
高校時代の斎藤もそうだった。ベースカバーを忘れることがたびたびあった。
だが、そこが弱点であり、強みでもあるのだ。それだけに、伸びしろはたっぷりあるのだから。このことは偶然ではない。誤解を恐れずに言えば、監督の和泉実がそう仕向けているのだ。
和泉は、斎藤にいつもこう言っていたという。
「俺は手取り足取り教えるのは好きじゃない。だから自分で考えなさい」
2006年に全国制覇を成し遂げて以降、早実には続々といい選手が集まり始めていた。もし監督が和泉でなかったならば――。あるいは、もっと勝てていたかもしれない。でも、和泉でなかったら、斎藤のときのようなチームは生まれなかっただろうし(今の斎藤そのものも存在しえなかったのではないか)、今年のようなチームもつくれなかったことだろう。