野ボール横丁BACK NUMBER
小笠原道大を札幌で見たい――。
前田智徳と重なる“生ける伝説”の姿。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKyodo News
posted2013/05/20 12:25
空振りの光景まで絵になる小笠原なら……ひと振りに懸ける代打の役割でも十分ファンの大声援を呼べるはずだ。
ものすごい大歓声だった。
5月18日の東京ドームで開催された巨人-西武戦。4回二死満塁の場面で「代打・小笠原」がコールされたときのことだ。
今季初めて打席に立った小笠原は空振り三振に倒れたが、一瞬、確かに球場の空気を変えた。
この存在感――。
広島の「生ける伝説」、前田智徳を彷彿とさせる。
前田もそうだ。ネクストバッターズサークルに前田が佇んでいるだけでファンはそわそわし始め、「代打・前田」のコールでまずはひとしきり喜び合う。打つ打たないは二の次なのだ。
見られるだけでいい。感じられるだけでいい。いや、極端な話、見られなくても見られることを期待できるだけでもいい。そうしてファンは球場へ足を運ぶ。そんな選手が今、他にいるだろうか。
しかし小笠原ならば、前田になれるのではないかと思った。
完璧主義者で、無骨で、無口で、求道者然としている小笠原。
小笠原はさらりと言う。
「究極は10割打者ですよ」
そしてシーズン中、満足した打席はと問うても「1打席もなかった」と平然と答えるような男だ。
そんな完璧主義者で、無骨で、無口で、求道者然としているところも2人は似ていなくもない。
もっと言えば、松井秀喜が最後、巨人でプレーし、同じように代打屋になっていたら、前田以上の存在になりえたのではないだろうか。
松井は日本球界復帰を断念した理由をこう語った。
「日本に戻れば10年前の姿を期待する方がたくさん出てくると思うが、正直、その姿に戻れる自信を強くは持てなかった」
おそらくそこを期待していたファンはそんなに多くないのではなかろうか。単純に、もう一度だけ松井のユニフォーム姿を見たかっただけだと思う。2、3試合に一度だけ、1日1打席でも見られたら、それだけでもファンは十分幸せを感じられたはずだ。