南ア・ワールドカップ通信BACK NUMBER
南アの夜は死ぬほど怖かった!?
あるジャーナリストのW杯珍道中。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byLatin Content/Getty Images
posted2010/08/03 06:00
ポテチを食べながらの快適なドライブのはずが……。
PEへのドライブは、予想以上に快適だった。愛知県豊田市に本社を置く世界的企業のバンは、黒人ドライバーの運転で目的地への距離を縮めていく。
実は10日ほど前に、日本対オランダの取材を終えた僕らは同じ道を通ってレンタカーでジョージまで戻っていた。その時はダーバンからジョージまでの総走行距離1315キロを、6時間の休憩込みの19時間で駆け抜けた。取材後の運転はただでさえ疲労が重いのに、山間を駆け抜けるこのルートは牛と人が昼夜を問わず道路に飛び出してくるので、神経が激しくすり減る。
「やっぱり、他人に運転してもらうのはいいなあ」
1日1袋以上のペースで消費している『Lays』のポテトチップス(ライトリーソルト味)を食べながら、僕はすっかり安堵感に包まれていた。PEには予定どおりに着きそうで、運転のストレスもない。やっぱりリスクを背負わなければ成果はあげられないのだ。サッカーも人生も同じだよねえ──いつかどこかで原稿に使おう、などと考えていたところで、サンペーが「あれっ?」と声をあげた。
「ポートエリザベスの手前なのに、ハイウェイを降りちゃいますよ」
カチカチというウインカーの音を響かせながらバンはハイウェイを降り、一般道に出るとすぐに停車した。マタイセンが僕の背中越しに「どうした?」と呟く。ドライバーが早口の英語で答える。
「アクセルを踏んでも、エンジンの回転数があがらないんだ」
サンペーの語学力によると、どうやらそういうことらしい。黒人のドライバーは「でも、15分で違う車が迎えにくるから」と言う。
黒人女性が立ち去っていく。車内のスーツケースは!?
ハザードの明かりが灯る道路脇で、僕とサンペーと眼鏡をかけたベーラミはタバコをふかし、身体のなかの水分を調整した。何台か車が止まり、「何か手伝うぞ」とか「乗っていけ」と声をかけてくる。15分経っても代わりの車が来なかったら、PEまで分乗して行くことになるんだろうか。3時間ほど前は警戒心ばかりを呼んだ7人のグループが、いまはとても、とても大切な仲間に思えてくる。
一台のセダンがまた僕らのそばに止まった。
と同時に、バンのスライドドアが開いた。黒人女性が降りてくる。小さなスーツケースをトランクから引き抜くと、「バァーイ」と言ってそのセダンへスタスタと歩いていった。
「彼女のウチはこのあたりらしいから、迎えを呼んだんじゃないかな」
マタイセンが誰に向かって言うわけでもなくつぶやいた。そうだ、荷物! 車内に置きっ放しにしてあるバッグの中身を確認する。パソコン、デジカメ、ペンケース、ノート、ICレコーダー、すべてある。あとはもう取られたっていいものだが、資料も、タオルも、ティッシュペーパーも、ウェットティッシュも、お守りも、何ひとつなくなっていなかった。
代車はきっちり15分後にやってきた。お腹の肉がベルトに乗った太っちょの黒人ドライバーが、鈍い動きで荷物を移し替える。
助手席には女性が座っていた。斜め後方から見ているだけでは、特徴を探すのが難しい。携帯を両手で握りしめているのが目につくぐらいだ。ナビゲーター役だろうか。
さきほどと同じように、僕は運転席のすぐ後ろに座った。サンペーはその横だ。奥に座りたかったのだが、ベーラミ率いるスイス人のグループは動きが素早かった。
ポートエリザベスの街へ入った新しいバンは、ネルソン・マンデラ・ベイ・スタジアムをかすめながら市内を徘徊し、マタイセンの友人宅へ到着した。リーダー役だった彼は、最初に自分が降りるように話をつけておいたのだ。くそっ、ヤラれた!
「気をつけてな。明日またスタジアムで会おう!」
車が2台も駐車してある瀟洒な一軒家に、マタイセンは軽やかな足どりで向かっていく。