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南アの夜は死ぬほど怖かった!?
あるジャーナリストのW杯珍道中。 

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byLatin Content/Getty Images

posted2010/08/03 06:00

南アの夜は死ぬほど怖かった!?あるジャーナリストのW杯珍道中。<Number Web> photograph by Latin Content/Getty Images

「いません……電話も通じません!」。夜のPEに沈む。

 最初の約束では19時にPEの空港で落ち合う予定だった。待ち合わせ場所を市内のホテルへ替えた二度目の約束は20時だった。今はもう21時である。ホテルに着いたところで、相手が怒り心頭で帰っていてもおかしくない、と僕は思っていた。

 なにしろ僕らは、そのホテルの名前や場所さえ聞かされていないのだ。あっちだって、こちらの名前もパスポート番号も知らない。厳密にはホテルとの契約は成立していないのだ。

「ジェントルマン、お待ちどうさまあ。さあ、ここのホテルだよ」

 最後まで緊迫感のない太っちょの声を無視して、サンペーが車から飛び出す。

 数分後、サンペーが真っ青な顔で戻ってきた。

「いません……電話も通じません」

 やっぱり。

 これからまた、新しいホテルを探すの……無理だろ、それ。サンペーに言葉を返すことはできなかった。

 海岸沿いのディスコを発信源とする賑わいが、ステーキ屋からこぼれてくる炭火の煙が、僕らがどれほど危うい立場にいるのかを突きつけてくる。一カ月分の荷物が詰まった巨大なスーツケースや重いバッグを引きずって、サポーターが溢れる夜の街を歩くわけにはいかない。

 サンペーがいなければ、疲れ果てていた僕は泣いていたはずだ。

「あなたたちに紹介するのは、ホテルじゃないの」

 そのときだった。制服姿の黒人女性が声をかけてきた。南アフリカ航空のネームタグが、左胸で輝いていた。

「イーストロンドンから着た日本人はあなたたち?」

 この瞬間の感情を表現する言葉を、僕はいまでも見つけることができない。「イエス」という言葉を5回以上繰り返したことは覚えているが、そこからは記憶がスッポリ抜け落ちているのだ。

 記憶が甦るのは、車中で彼女が僕らのほうへ顔を向けてくるシーンからだ。20代半ばくらいの黒人女性は、大切なことを告げているらしかった。

「……じゃないの」

 僕もサンペーも言葉を返さなかったからだろう。女性はゆっくりとした口調で、もう一度同じ言葉を繰り返した。

「あなたたちに紹介するのは、ホテルじゃないの」

 はぁ? ホテルじゃないって? 

「W杯の期間中に、私の友だちの家をゲストハウスのように使っているの。シャワーとトイレは共同だけど、とてもきれいな家よ」

 じゃあ行くわね、と言って、彼女がサイドブレーキをおろす。

 ホテルじゃないって……オレら、どこに連れて行かれるんだろう。

 白タクに乗ったばかりに身ぐるみを剥がされた日本人カメラマンの話やら、ファーストフード店のトイレで酷い強盗にあった韓国人プレスの話やら、機材と荷物をすべて奪われたデンマークだかメキシコのプレスの話やらが、頭のなかで行進していた。聞いたばかりの運転手の女の名前は、恐怖で痺れた僕の頭の中から消えてしまっていた。

【次ページ】 暗闇に身を潜める巨大な“置物”に肝を冷やす。

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