南ア・ワールドカップ通信BACK NUMBER
南アの夜は死ぬほど怖かった!?
あるジャーナリストのW杯珍道中。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byLatin Content/Getty Images
posted2010/08/03 06:00
暗闇に身を潜める巨大な“置物”に肝を冷やす。
ホテルを出た彼女の車は、ポートエリザベスの空港で別の女性を拾った。南アフリカ航空の同僚で、これから行くゲストハウスは彼女の家なのだという。
「どうするよ、サンペー」
そんなことを言われたところで、彼にできることは何ひとつない。それは分かっている。でも、言わずにはいられなかった。言葉を発しないと、不安で押し潰されそうだった。
「ど、どうしますかね……どんな家なんすかね」
サンペーの表情も、石膏で固めたようになっていた。僕らはもう何時間も、笑うことを忘れている。
それなりにセキュリティがしっかりした(ように見える)家が建ち並ぶ一角で、車はスピードを緩めた。「さあ、着いたわよ」という家主の彼女の言葉に押し出され、僕らは車を降りた。
スーツケースを車から降ろし、リビングにつながった窓から室内へ入る。駐車場から一番近いこの窓が、勝手口のようになっているみたいだ。
「うわっ!」
サンペーがいきなり大声をあげる。ホストファミリーの母親が、ソファーに座っていた。リビングにはテレビもなく、音楽もかけていない。暗闇に身を埋めている母親は、巨大な置物のようだった。僕が先に入っていたら、同じように声をあげていただろう。
男2人。カギのある部屋はひとつしかない。
リビングを抜けると細い廊下があり、左右に二つずつドアがあった。「あなたたちは右側の二つを使って」と、家主の彼女が笑顔を向けてくる。
室内はベッドと収納だけのシンプルな造りで、テレビはなかった。ベッドの上には三種類のタオルが、きれいに折り畳んである。ゲストハウスとして使っているらしい痕跡にホッとするが、僕がスーツケースを拡げようとした部屋には、何よりも大切なものが欠けていた。
ドアに、カギがない。
「サ、サンペーっ、こっち、カギがないぞ」
サンペーがすぐにとなりの部屋から出てくる。彼もまだ、荷物を拡げてはいないようだった。
「こっちはあります」
「じゃあ……」
僕の意図を察知したサンペーが、言葉をかぶせるように言った。
「いやいやいや、僕も怖いっす。イヤです。カギなしは」
「でも、どうするよ。どっちもベッドはひとつだぜ。思い切りシングルだぞ」
一つ星の格安ホテルに何度か滞在していた僕らは、ダブルベッドに男二人で寝るという荒技を駆使してきた。もちろん、どちらも外側を向いて寝ることを固く誓い、決して寝返りを打たないルールを守り通すことで、辛うじて安眠を確保してきた。どちらかひとりが早朝まで原稿を書いていることが多かったために、実際は交互にベッドを使うことがほとんどだったが。
今回ばかりは、どうしようもなさそうである。僕は疲れていた。サンペーも疲れていた。そして、カギのある部屋はひとつしかない。両手を拡げたらベッドからはみ出してしまう幅に、二人で身体を横たえるしかない。
「じゃあ、二人でひとつの部屋に泊まるって伝えてきてよ」
怪しい趣味の持ち主に勘違いされないかという危惧が追いかけてくる。しかし、明日になれば彼女たちと会うことはない。どう思われようと関係ない。