南ア・ワールドカップ通信BACK NUMBER
南アの夜は死ぬほど怖かった!?
あるジャーナリストのW杯珍道中。
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph byLatin Content/Getty Images
posted2010/08/03 06:00
捨てる神あれば拾う神あり? 怪しいバンでPEへ。
イーストロンドンへ到着してから、すでに1時間が過ぎようとしていた。冬とは思えないほど強い日差しが、建物の中まで差し込んでいる。
さっきから僕らに目配せをしていた白人の男性が、ついに近づいてきた。レンタカー会社の「ハーツ」だか「バジェット」だかのカウンターで、職員にしつこく食い下がっていたヤツだ。
「キミたち、PEへ行きたいんだろ?」
「ピーイー?」と聞き返すと、「ポートエリザベスのことだよ」と答える。「バンをチャーターしてPEまで行けそうなんだ。キミらが一緒なら、一人300ランドになる。レンタカーを借りられないなら、乗っていかないか?」
190センチはありそうな彼のそばには、けだるそうな雰囲気の黒人女性と、バックパッカーらしき別の白人男性3人グループがいた。僕もサンペーも突然の話に口ごもっていると、オランダ代表のマタイセンに似た彼がたたみかけてきた。
「PEにホテルがないなら、レンタカー会社の女性がアレンジしてくれるぞ。どうする?」
レンタカーに500ランドから1000ランドを見積もっていたので、一人300ランドでPEへ行けるのはかなりリーズナブルだ。ホテルも一人300ランドで用意できると言う。これまたお得だ。予約しておいたホテルの宿泊料を捨てることになるが、そんなものにこだわっている場合じゃない!
猜疑心は募るが、PEには是が非でも行かねばならぬ!!
とは言え、まだ僕の表情には猜疑心がべったり貼り付いていたことだろう。出会って数分でこの不思議な組合せのグループに跳びこむほど、僕は好奇心旺盛ではない。僕より割り切った考え方をするサンペーも、不安げな表情を浮かべている。
「ど、どうするよお……」
「トツカさんにお任せしますよ」
こういうとき、年長者は困る。はっきりと宣言する役割は僕なのだ。
翌日が仕事に関係無いグループリーグの試合なら、間違いなく断ったろう。だが、PEで行われるのはオランダ対ブラジルというビッグマッチで、『Number』で原稿を書くことになっていた。テレビ観戦で済ますなんてことは、断じてできない。NGである。何としてもPEへ辿り着かなければならなかった。
「行くしかないっ!」
同乗することを告げると、マタイセンは「OK、よろしく」と右手を差し出してきた。ヨハネスブルク在住の彼は、オランダのサポーターだと言う。
バックパッカーの3人組はスイス人で、Tシャツにショートパンツの軽装である。スイス代表のベーラミが眼鏡をかけたような男性を中心に会話は進んでいて、どうやら彼がリーダー格のようだった。黒人の女性は相変わらずけだるそうで、カウンターに背中をあずけている。テイクアウトのコーヒーを啜る彼女の視線は、僕らのスーツケースで何度か止まっていた。一番危ないのは、この女かもしれない。マタイセンとひと言も喋っていないけれど、実はグルなのかもしれない。
「あなたたちはPEの空港で降りるのよ。そこでホテルの人間が待ってるから」
バンをアレンジしてくれたレンタカー会社の女性スタッフは、メモ用紙に走り書きした電話番号を渡してくれた。ホテルの人と会えなかったらここに電話してね、とのことだった。
渋滞や工事に遭わなければPEまでは3時間強のドライブである。遅くとも20時にはチェックインできるだろう。もう、覚悟を決めよう。何かあったとしても、サンペーと2人いれば、どうにかなるさ。疲れた身体を何とか奮い立たせて、僕はバンに乗り込んだ。