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南アの夜は死ぬほど怖かった!?
あるジャーナリストのW杯珍道中。 

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byLatin Content/Getty Images

posted2010/08/03 06:00

南アの夜は死ぬほど怖かった!?あるジャーナリストのW杯珍道中。<Number Web> photograph by Latin Content/Getty Images

待ち合わせの場所にいる相手はいったい誰なんだ?

 僕とサンペーは少し慌てていた。ホテルの人間とは、ポートエリザベスの空港で19時に待ち合わせをしている。タイメックスのバックライトを灯すと、「19:30」の文字が浮かび上がった。サンペーは僕の意図を先回りして、「電話します」と携帯を取り出してきた。

 しばらく話していたサンペーが、助手席の女性に携帯を差し出す。現在地がどこなのかを、知りたがっているという。

「大丈夫かな? 遅刻しちゃってるけど?」と僕が聞くと、サンペーは「それが」と切り出した。

「全然、怒ってる感じじゃなくて。ホテルの人でもなくて、南アフリカ航空の地上係員だっていう女の人なんですけど、何で航空会社の人なんですかね?」

「何それっ。どういうことよ?」

 助手席から戻ってきた携帯で、僕らの会話は途切た。サンペーが「OK?」と聞くと、助手席の女は「ノー・プロブレム」と答えた。「あなたたちはPEの空港ではなくてホテルに直接向かうことになったわ。あと15分もすればそのホテルに着くはずよ」

 15分が経った。

 バンは山間部の住宅街をグルグルと回っている。スーパーの駐車場にたむろしている黒人に道を聞いたり(近づくだけで怖かった!)、ジョギングをしている白人男性の足を止めて道を聞いたり(これも不気味だった!)した。

 15分が30分になった。僕らがキレる前に、スイス人たちのリーダーである眼鏡をかけたベーラミがキレた。後部座席を離れ、僕らのすぐ隣まで身を乗り出してくる。

「ホントに道は分かってるのか?」

「大丈夫、今度は大丈夫だから」

 太っちょは呆れるほど呑気だ。

 サンペーは助手席の女性にターゲットを絞った。英語の語尾が荒っぽくなる。

「先にオレらのホテルに行くんだよな?」

「いえ、先に彼らよ。彼らの行き先のほうがここからは近くて、ホテルも同じ地区だから、たいして変わらないのよ」

「何で、オレらが先のはずだろ!!」

 車内の空気はこれ以上ないくらい最悪なのに、太っちょは相変わらずである。

自信満々のドライバーは、街を延々と迷い続けた。

 サンペーは3分おきぐらいに「大丈夫なのか」と「時間がないんだ」を繰り返す。眼鏡をかけたベーラミは、自分が運転手になったつもりで標識をチェックしていた。

 結局「彼らのところ」を探し当てるまでに、太っちょと携帯を握りしめた女性は1時間以上を必要とした。最後は眼鏡をかけたベーラミのナビゲーションで目的地に辿り着いたのだから、怒りを通り越して呆れてしまった。街はとうに闇に包まれ、静けさが窓ガラスを突き抜けて車内へ忍び込んでいた。

 住宅街でまたしても道に迷う太っちょを日本語で罵りながら、僕とサンペーも自らの記憶を辿っていく。ポートエリザベスには、昨年11月に滞在したことがある。記憶の断片にある景色がないものかと、必死になって景色を追いかけた。ブラジル代表が滞在しているホテルの前を横切っても、興奮は沸き上がってこなかった。

「トツカさんっ、あれあれっ!」

 サンペーがいきなり声を張り上げた。左前のホテルを指差す。

「この前来たときに、メディアホテルだったところですよ。ここまで歩いてきて、取材パスを受け取ったじゃないですか」

「そうだったっけ」

「そうですよっ、あれ。このまま真っ直ぐ行けば、左手にマックが出てきて……」

 緩やかな左カーブを抜けると、マクドナルドのシンボルマークが目に飛び込んできた。サンペーの確かな記憶力が、現在地さえ分からないまま絶望の淵をさまよう僕を救い出してくれるかもしれない……とにかく僕はヘトヘトで、もうヘロヘロだった。

【次ページ】 「いません……電話も通じません!」。夜のPEに沈む。

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