野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
ヤクルト芸術家・ながさわたかひろ。
一場退団で遂に40歳で現役引退か!?
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byHidenobu Murase
posted2012/12/04 10:30
『美術手帖』で連載ページを持つなど、芸術家として評価が高いながさわ。2013年2月に開催される「第1回京都版画トリエンナーレ」への出品も決まっている。
家財道具を売り払い、バイトを辞めて“野球”に集中。
「いやいやいやいや。でもね。まだまだこんなもんじゃないですよ。自分が一番よーくわかっていますから。もっとできる。まだできる。いや、逆を言えば、今年もダメだったんですけどね。とにかくお金がないから、働かなきゃならない。バイトに出て、18時から試合観て、余った時間で絵を描く。前半の絵は時間が足りないのが見えるでしょ。それに、こんな中途半端なことをやってると、チームの成績にも出てくるんですよ。交流戦、10連敗。ほらほら見ろよと。それで目が覚めた。こんなことやってても意味がない。やるなら餓死してでもやり抜かなきゃと」
前半戦終了間際。ながさわは金目のものは生活費としてすべて売り払ってがらんどうになってしまった家の中で意を決する。
「全てをツバメに捧ぐ」「もう迷わない」「食事は一汁一菜」「死して屍拾うものなし」
とはいえ、今季の作品は色を塗る作業に手を焼いた。色鉛筆を使い絵の中で色を重ねて陰影をつけていく。その行程は思いのほか手間取り、バイトを辞めても時間が足りない。そこで、ながさわはこの作品の根幹を成すコンセプトにして“プロ野球選手”たる所以でもあった「作品を選手に渡してモチベーションにしてもらう」ことの中止に手をつけざるを得なくなる。
後半戦は版画から画用紙と鉛筆のイラストに原点回帰。
「最初は版画に刷っていたんですけど、色をつけるとそれをやる時間もない。で、思ってしまったんです。『アレ、選手貰って嬉しいのか。こんなの渡されても困ってるだけなんじゃないか』って。それで断腸の思いで渡すことを辞めました。そうなると画材も、シンプルに画用紙と色鉛筆でいい。そう、バットとボールがあれば野球はできるという原点に立ち返ったんです。その分シビアですよ。やろうと思えば小学生でもできるんだから、しっかりしたモノを作らないと『なんだよ』って思われてしまう。どんどんどんどん、自分で自分を追い込んでしまって……ホントにねぇ……ただ、時間を掛ければ確実にいい絵は描けるんです」
ながさわが言うように、時間の掛け方に差がある前半戦と後半戦では絵の質がまるで異なっている。向上した分犠牲にしたものは、時間だけに留まらない。