オリンピックへの道BACK NUMBER

ソチ五輪を前に支援が打ち切り――。
女子ジャンプ・渡瀬あゆみ、夢の行方。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph byShino Seki

posted2012/11/21 10:30

ソチ五輪を前に支援が打ち切り――。女子ジャンプ・渡瀬あゆみ、夢の行方。<Number Web> photograph by Shino Seki

渡瀬あゆみ(写真)は1984年生まれ。16歳の高梨沙羅ら若手の台頭が目立つが、リーダー格としてジャンプ女子日本代表チームをまとめている。

 初めて飛んだ小学生の頃。以来、20年以上にわたって飛び続けてきた。ずっと夢見ていたオリンピックは、再来年に迫っている。

 しかし、追い続けていた夢を前に、実力とも、怪我とも違う理由で、夢が絶たれかねない危機に瀕している。

「やっと環境が整って、ここからというときに自分の土台が崩れてしまったので、なんといったらいいんだろう、100%専念できていないというのは正直ありますよね」

 ノルディックスキー・ジャンプの渡瀬あゆみは、今、そう口にする。

 渡瀬は、女子ジャンプの第一人者である。2003年に日本代表に選ばれてから、コンスタントに代表の一人として国際大会で戦ってきた。女子ジャンプが初めて採用された2009年の世界選手権では10位。2011年の世界選手権でも7位に入っている。今夏も海外遠征メンバーに選ばれ、夏の大会の総合成績で8位の結果を残した。女子ジャンプの認知が低く、出場できる大会も限られている頃から活動を続け、その中で競技の地位向上にも貢献してきた。

 昨年の春には、女子ジャンプが2014年のソチ五輪で採用されることも決定。「いつかはオリンピックで飛んでみたい」と長年抱いていた夢が、現実に近づきつつあった。

自己負担は年間約300万円。家族の支援にも支えられてきたが……。

 一変したのは今年の5月のことだ。所属していた企業が女子ジャンプ部を解散し、契約終了を知らされたのだ。同じ企業には父であり、日本代表の女子チーフコーチを務める渡瀬弥太郎氏も所属していたが、ともに支援を失うことになった。以後、新たな支援先を探してきた。渡瀬弥太郎氏は、道内のメディアに自らの携帯電話の番号を掲載してもらうこともした。しかし、みつからずに今日まで来た。

 支援がないことは、大きな危機を意味する。

 女子ジャンプの場合、海外遠征は年間で約100日、国内合宿も含めれば、約200日は遠征に費やす。費用もかさむが、渡瀬の場合、全日本スキー連盟からの補助は約50%ほど。残りは自己負担となる。

 さらに用具代などもかかる。渡瀬弥太郎氏によると、自己負担額は「年間でだいたい300万円」におよぶという。所属先では社員として月々の給料を得て、遠征費用の援助を受けていた。それが失われたことで、その300万円を自ら負担せざるを得ないことになる。

 今夏にも海外遠征があり、国内でもひんぱんに合宿が行なわれたが、その費用は渡瀬本人が蓄えていたもの、さらに家族からの借金や援助で賄ってきた。

 だがそれにも限度はある。いずれ立ち行かなくなるのは目に見えている。

【次ページ】 「遠征メンバーを辞退したらオリンピックはない」

1 2 3 NEXT
渡瀬あゆみ
渡瀬弥太郎
ソチ五輪
オリンピック・パラリンピック

冬季スポーツの前後の記事

ページトップ