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<致命的な欠陥との共存を解析> ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」 

text by

小泉世里子

小泉世里子Seriko Koizumi

PROFILE

photograph byTomoki Momozono

posted2012/07/13 06:01

<致命的な欠陥との共存を解析> ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」<Number Web> photograph by Tomoki Momozono
圧倒的な存在感でアスリートの頂点に君臨する25歳。
だが、その身体にはある“神秘”が隠されていた。
世界で初めて科学的分析を許されたディレクターが見た、
スプリンターの葛藤と世界記録を生む常識外の肉体とは。

「フォーミー……」

 私が何かを尋ねるたび、彼は決まってこう語りだした。フォーミー。

「子供の頃から走るのは好きだった?」

「フォーミー……」

「人類最速の男を楽しんでる?」

「フォーミー……」

 あえてそっけない日本語にするならば、「僕にとっては」ということになるのだろうか。

 だがその語感は、私ではない何処かに向けて呟かれているようでもあり、あたかも「あくまで僕が勝手に思うことなんだけど……」と前置きをしているような、控えめで頼りないものに聞こえた。

 それは、気にしなければ通り過ぎるだけの会話の枕に過ぎなかったし、誰しもが持つただの口癖なのかもしれなかったが、何故だか私の胸に静かに残った。

北京五輪直前、パウエルをあっさり抜き去った“はた迷惑な超人”

 通りでは、巨大なサウンドシステムを積んだワゴン車から、数年前に流行ったダンスホールレゲエが爆音で流れる。安価なマリファナなのか、まるで松明のように燻された草の束が荷台から飛び出している。

 彼、ウサイン・ボルトに初めて会ったのは、2008年夏のジャマイカだった。

 この頃、首都キングストンは自国のスターたちが出場する北京五輪を2カ月後に控え、これ幸いとばかり羽目を外す若者たちで少々せっかちなお祭りムードに包まれていた。

 キングストン市内にあるジャマイカ・ナショナルスタジアム。世界中から集まったメディアの熱い視線を一身に浴びてボルトはそこにいた。その中で、ただ私だけが冷ややかに彼を見つめていた。

 この頃私は、北京五輪男子100mで金メダルを期待されていたアサファ・パウエルのドキュメンタリー番組を作るためにジャマイカで取材を行なっていた。

「ミラクルボディー」は、トップアスリートの肉体を、スポーツ科学を縦軸に、ハイスピードカメラなどの特殊撮影を横軸にして解き明かすドキュメンタリーだ。

 そんな私にとってこの時のボルトは、誤解を恐れずにいうならば、“はた迷惑な超人”だった。

【次ページ】 わずか5戦目での世界新。本番でも自らの記録を更新。

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