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<致命的な欠陥との共存を解析> ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」 

text by

小泉世里子

小泉世里子Seriko Koizumi

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photograph byTomoki Momozono

posted2012/07/13 06:01

<致命的な欠陥との共存を解析> ウサイン・ボルト 「世界最速が背負う秘密の十字架」<Number Web> photograph by Tomoki Momozono

過剰に動く骨盤ゆえの、特異な走法と大きな負担とは?

 ミルズの話をきっかけに、これまで漠然としていた私の問題意識にも明確な道筋が与えられた。

 なぜボルトは曲がった背骨をもちながら世界最速で走ることができるのか――遅れていた私たちの取材も少しずつ動き出した。

 私たちはボルトの身体にモーションキャプチャーを装着させてもらい、走りの解析を行なった。モーションキャプチャーは映画のCG化の際などにも用いられる装置で、人間の動きを3次元でデータ化できる。これにより、ボルトの曲がった背骨が走りに与える影響を視覚的に捉えることが可能になる。

 分析の結果、やはりというべきかボルトの背骨はその走りに影を落としていた。走りを支える要である骨盤が、激しく揺れていたのだ。4年前に撮影したパウエルの3次元データと比較してみると、ボルトの骨盤は着地のたびに大きく、そして左右非対称な動きを続ける。背骨が安定しないために、骨盤が身体を支えようと過剰に動いてしまうのだ。ボルトの走りは、そのスピードに目を奪われがちだが、注意深く見れば肩は激しく上下し、上体はくねくねと曲がっている。それは他のランナーにはない特異なフォームなのだ。

 さらに、骨盤が過剰に動くことにより、太腿裏の筋肉であるハムストリングスが引っ張られ、大きな負担をかけていることもわかった。'10年のアキレス腱の損傷による休養と現在まで続くハムストリングス痛は、曲がった背骨が引き起こしていたのだ。

地面を蹴りあげる力の驚異的な数値が示す、爆発的な推進力。

 だが、モーションキャプチャーの分析はもうひとつの興味深いデータも記録していた。

 モーションキャプチャーは走行時、足の裏が地面を蹴りあげる度にそこにかかる力を計測することができる。

 そのデータが驚異的な数値を示したのだ。当たり前のようだが、蹴りあげる力が強ければ強いほど大きな推進力を生む。事実、ボルトは9秒58の世界記録をマークしたレースで、最高速度時速44.46kmという人類最速のスピードを記録した。

 安定しない骨盤と強い推進力。短所と長所。それは機械がはじき出した無機質な数値にすぎなかったが、この2つのデータの間には、ボルトをボルトたらしめ、そして世界最速へと導いた彼らの生きざまのようなものがあった。

 ボルトは、2004年、18歳で出場したアテネ五輪で200m1次予選敗退という屈辱を味わった。当時、ボルトの身体は骨盤の揺れからくるハムストリングス痛でとてもレースができる状態ではなく、周囲からは限界説も囁かれ容赦ない中傷の声も飛んだ。

 しかし、ミルズとボルトが選んだのは引退でも負担の少ない中距離への転向でもなく、曲がった背骨と共存して最速の短距離ランナーを目指し続けることだった。

【次ページ】 頭角を現すきっかけは、バイエルンで取り組んだ筋トレ。

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