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<ナンバーW杯傑作選/'97年12月掲載> 「We did it! 伝説が作られた夜」 ~金子達仁が見たジョホールバル~
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byNaoya Sanuki/Kazuaki Nishiyama
posted2010/05/13 10:30
ゴール前至近距離から宙に放たれた高角度のシュート。
11月8日のカザフスタン戦では、不動の2トップになりつつあったカズと呂比須の2人が累積警告のために出場停止だった。「私がすでに呼んだ選手より上だと思う選手がいない限り、メンバーの入れ替えをしない」と言う岡田監督のコメントは、岡野を始めとする控え選手たちも知っていたはずである。当然、彼らは自分の出番が来ることを予想したに違いない。
にもかかわらず、岡野は出場できなかった。それどころか、ベンチにすら入ることを許されなかった。出場したのは中山であり、高木だった。今まで代表チームに呼ばれなかった選手が、つまり岡田監督の言葉を借りれば、「すでに呼んだ選手より上」ではなかったはずの選手が、岡野や平野を差し置く形で出場してしまったのである。
あの日、岡野は相当に荒れていたという話を私は聞いている。
日本が誇る快速アタッカーは、ただの一度もワールドカップ予選での経験を積まないまま、そして一度は精神的にプッツリと切れてしまったまま、大事なイラン戦を迎えていたのである。案の定、彼は決定的なチャンスをフイにしてしまった。3分後、彼はもう一度、今度はどうやって蹴ったのか不思議なぐらい高角度のシュートを、ゴール前の至近距離から空に向けて放った。延長の前半だけで3度、岡野のところで決定的なチャンスが消えた。
「延長後半が始まる時、私は意外な光景を見た」
それでも、私は彼を責める気にはなれなかった。慣れない3-5-2システムを強要された相馬がそうだったように、岡野もまた、特定の選手ばかりを重用したスタッフの犠牲者に思えたからである。
延長前半が終わった段階で、私はPK戦への突入を覚悟した。日本の前線には、経験も自信もないまま出場している選手がいる。とても、ゴールを奪えるとは思えなかった。奪うための過程をきちんと経てきているとは、とても思えなかったのだ。
延長後半が始まる時、私は意外な光景を見た。
守備陣に向けて、中田が手を叩いていた。
集中しよう。もう少し頑張ってくれ。
彼は、そう言っているように見えた。