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<ナンバーW杯傑作選/'97年12月掲載> 「We did it! 伝説が作られた夜」 ~金子達仁が見たジョホールバル~
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byNaoya Sanuki/Kazuaki Nishiyama
posted2010/05/13 10:30
城は泣きながら叫び、川口は喜びを振りまいていた。
城が泣きながら叫んでいた。
「やったよ、やったよ。変えなきゃダメだよね。俺たちが、変えなきゃダメだよね」
前日、練習を終えた彼は寂しそうだった。
「絶好調なんだよ。ホント、こんなにいい時はないってぐらい、好調なんだよ。だけど、試合には出られないんだよね」
カザフスタン戦での岡野がそうだったように、城もまた、傷ついていた。ずっと日本代表のメンバーに選ばれていながら、イラン戦に出場するのはカズと、ついこの間まではテレビで声援を送っていたはずの中山だった。信じていたヒエラルキーが否定されたショックと、出場を許されない無念さが彼の表情には滲み出ていた。
だが、この日、城は泣いていた。勝った喜びと、自分たち若い世代が歴史を作ったという自負に酔い、泣いていた。その表情に、もう恨みはなかった。
「次の道が開けたよ。俺、サッカー選手、続けられるよ!」
ダエイに逆転ゴールを許した時は「正直、崩れ落ちそうになった。でも、必死になって頑張れって自分に言い聞かせた」という川口の目に、涙はなかった。1年前、アトランタ五輪の出場権を獲得した時は号泣した男が、この日ははちきれんばかりの喜びをそこら中に振りまいていた。
ジョホールバルの地にまつわる縁起とは?
「同点に追いついてからは苦しかったよ。押しっぱなしだったけど、相手の2トップは危険だったから……。でもね、本当に良かった。もう俺、ここで寝ちゃいたいよ」
スタンドのファンに歓喜の挨拶を済ませた後、彼は本当にトラックに座り込んでしまった。たとえばプロ野球の巨人の選手であれば、負けても阪神ファンからは「よくやった」と言われるかもしれない。だが、サッカーの日本代表選手には逃げ場がなかった。負ければ、日本にいられなくなるほどのプレッシャーの中で、彼らは戦ってきたのである。城の涙につられて壊れかけていた私の涙腺は、座り込んだ川口の姿を見て完全に決壊してしまった。
第3代表決定戦がマレーシアで開催されることが決まってから、多くのメディアはアトランタ五輪予選での勝利を引き合いに出し、ゆえにマレーシアは縁起のいい土地だという結論を導き出していた。
「でもねえ、この間のワールドユースでガーナにゴールデンゴール負けしたのが、ジョホールバルだったんですよねえ……」
カザフスタンに5-1で勝った直後、マッサーとして日本代表に同行している並木磨去光は不安げな口調でこぼしたものだった。