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<ナンバーW杯傑作選/'97年12月掲載> 「We did it! 伝説が作られた夜」 ~金子達仁が見たジョホールバル~
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byNaoya Sanuki/Kazuaki Nishiyama
posted2010/05/13 10:30
伝説の夜だった。
テレビの画面を通じて声援を送った人の、そしてはるばるジョホールバルまで足を運んだすべての人の、脳裏に焼きついて永遠に離れないであろう劇的な勝利だった。
中山のゴールが決まった時は早くもフランスがちらついた。あまりにもあっけないアジジの同点ゴールに言葉を失い、ダエイの驚異的なヘッドが突き刺さった時はドーハの悪夢が脳裏をよぎった。城の芸術的なヘッドに狂喜し、岡野の度重なる決定的なシュートに立ち上がり、頭を抱えた。
すべてが、遠い昔のことのように思える。
長い年月が流れ、死の床につく日が来ても、私は今日のことを忘れないだろう。日本が初のワールドカップ出場を決めたこの日を、日本に新たなスーパースターが誕生したこの日のことを。
11月16日、日本代表はジョホールバルでのアジア第3代表決定戦に3-2の勝利を収めた。
伝説の夜だった。
「なんで打たないんだ!」 記者席から怒声が上がった。
延長前半13分、中田が絶妙のスルーパスを岡野に通した。14日にマレーシア入りしたばかりのイラン選手は相当疲れていたこともあり、タテに駆け抜けた快速アタッカーに簡単に振り切られた。岡野の前にはもうGKしかいない。完全な1対1だった。
だが、岡野はシュートを打たなかった。彼は気弱にセンタリングを折り返し、懸命に戻ったイランDFにあっさりとクリアを許してしまう。
「なんで打たないんだ!」
記者席からは一斉に怒りの声が沸き上がった。確かに岡野はフリーだったし、普通であれば打たなければいけない状況ではあった。しかし、私は怒る気持ちにはなれなかった。絶望感だけがこみ上げてきた。
これは普通の試合ではない。そして、岡野は今予選でただの一度も、出場の機会を与えられていなかったのである。