俊輔inグラスゴーBACK NUMBER
上々のスタート。それでも残る一抹の不安。
text by
鈴木直文Naofumi Suzuki
photograph byNaofumi Suzuki
posted2006/08/09 00:00
「昨シーズン17ポイント差でチャンピオンになったっていうのに、1試合目からこんなにプレッシャーをかけられるなんて、このクラブだけに違いない」とストラカン監督が皮肉ったように、SPL開幕を控えたセルティックの評判は芳しいものではなかった。プレシーズン・マッチ7試合でたったの1勝しか上げられず、しかもその間の総得点が2点では、得点力不足が深刻だと見られるのも無理はない。事実、ストラカンはウェスト・ブロムウィッチに移籍した昨季の大黒柱ジョン・ハートソンの後釜探しに依然血まなこだ。
また、海外遠征中心の過酷な日程も疑問視されている。開幕前のポーランド、アメリカ遠征に加え、今週は、開幕直後というのに横浜Fマリノスとのドワンゴ・カップのため、日本へ往復30時間の強行軍だ。これらの遠征は明らかにチーム力の強化よりも興行が優先で、選手の間でも評判は良くない。もっとも、今回の日本行きは、次の日曜日に大事なハーツ戦を控えているためか、さすがに、レギュラークラスは中村を含めて数人しか参加しないそうだ。中村自身は、古巣との対戦を楽しみにしている様子だったけれど。
そんなセルティックの開幕戦の対戦相手は、昨季、少ない戦力で5位に食い込み、敢闘賞ともいうべき評価を受けたキルマーノック。序盤こそ“キリー”が攻勢に出たものの、前半25分の先制点以後、セルティックがペースを握る。新加入のスコットランド代表FWケニー・ミラーがスピードを活かして前線でボールを奪うと、絶妙なアシスト・パスをズラウスキへ送った。2点目は再び新生2トップのコンビネーションから、ズラウスキのクロスをこれも新加入のMFイリ・ヤロシクが頭で叩き込んだ。後半30分には、3点目を中村が素晴らしいFKで決め、1点返された後、ロスタイムにズラウスキが自身の2点目を押し込んだ。4対1の完勝だった。左サイドのマッギーディは得意のドリブルで相手DFを掻き回したし、ペトロフは移籍志願中とは思えないコミットメントとリーダーシップを発揮し、攻守に存在感が際立っていた。バック4に多少もたつきが見られたけれど、中盤から前の6人は、誰がマン・オブ・ザ・マッチになってもおかしくない出来だった。
この日の中村は、ゴールの他にも中盤のパス回しによく絡み、スムーズな流れを生み出していた。幸先よいスタートと言えるのだろう。しかし本人も認めるように、まだコンディションは上がりきっていないようだ。いつにもまして接触プレーを避けているようにも見受けられたのは、そのせいかもしれない。それでも各紙の評価も概して高く、スコティッシュ・ニュース・オブ・ザ・ワールドはマン・オブ・ザ・マッチに推していた。まだまだ徐行運転、という感じがしたから、この高評価は少し意外だった。
もちろん、中村本人が自分のパフォーマンスに満足してしまっているわけではない。むしろ2年目を迎えた中村にとって、SPLのレベルでは物足りなくなっているのかもしれない。あくまで今シーズンの彼の焦点はCLにある。試合後の談話でも、リーグ戦のレベルで出来てしまうことに満足せず、常にCLを意識して取り組みたいと強調していた。今の非合理な過密日程すら、CLが始まったときのシミュレーションだと考えているようだった。まるで、そこだけが自分を高められる場所だ、と言っているかのようだった。
しかし、そんな本人の意識とは裏腹に、CLで十分な試合時間を与えられる保証は全くない。昨シーズンも、レンジャーズやハーツとの対戦では、ベンチスタートや先発しても途中交代することが多かったように、ストラカンはタフな試合で中村を重用しない。フィジカル・コンタクトを嫌がったり、1対1で仕掛けない彼のスタイルは、守勢に回ることが多い試合には適さないからだ。
あるいは、ペトロフのように、リーダーシップという点で必要不可欠な存在になれば、話は変わってくる。ハートソンの移籍とロイ・キーンの引退でより若返ったチームにあって、中村のもたらす経験は貴重だと言われている。移籍1年目はベテランの選手たちに守ってもらうような立場だったけれど、今シーズンはむしろ若手を引っ張っていく役割を求められているのではないか。そんな意識が中村自身にも芽生えているのではないかと、水を向けてみた。すると、
「いや。全然。ひたすらいいプレーするだけ。」
と、どこまでもマイペースな中村らしい答えが返ってきた。