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From:バルセロナ「真夏のスペイン。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2006/08/07 00:00

From:バルセロナ「真夏のスペイン。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

見るべき試合のほとんどないスペインにやってきた。

仕事絡みであるけれど、そこには仕事に向かう姿勢を削ぐ空気がある。

太陽の国の熱気はグータラ生活を助長してやまない。

 真夏のスペインは100%シーズンオフ。練習はしているが、見るべき試合はほとんど行われていない。にもかかわらず、やってきてしまった。一応、仕事絡みではあるけれど、陽気のせいも手伝ってか、その意識はほぼゼロに近い。飲んで食って買い物をして……。いつもと変わりないじゃないかって?

 たしかにその通り。いつでも夏休みのような、楽ちんな生活を送っていることを否定するつもりはさらさらないが、この国の夏には、人をグータラな非仕事モードに誘う、恐るべき魔力がある。郷に入らば郷に従えの精神を、徹底的に追求させてもらっているというわけだ。

 マドリード、セビーリャ、ラコルーニャを経て、いま僕はバルセロナを訪れているのだけれど、いつかこのコラムでも紹介したボルン地区のデザインホテル「Chic&Basic」に滞在しながら、界隈を散策していると「時間よ止まれ!」と大きな声で叫びたくなる。

 セビーリャは本当に暑かった。街中に設置されたデジタル表示の寒暖計は、40度を記していた。太陽はそれこそ、空から高熱を大量に発散する巨大なストーブのような存在なのだ。青空は、黒みがかっていた。あまりの暑さに大気はたまらず、焦げ付いてしまったのか。しかし、ひとたび日陰に入れば、一転して涼が楽しめる。心地良い風が、火照った身体をさましてくれるのだ。汗が噴き出してくることは全くない。お肌は常にサラサラ。たとえば、前回のコラムを発信した京都とは、暑さの種類が180度異なるのだ。日も差していないのに、街を歩ける状態にない京都が異常なのか、セビーリャが異常なのか。

 ラコルーニャはマックス25度だった。空港に到着するなり、避暑地のようなひんやりとした風が肌をくすぐった。一口にスペインと言っても、気候は様々。九州もあれば東北もある。いやいや待てよ、九州と東北との間に、気温差は15度もあるだろうか。北海道と沖縄なら話は分かるが、セビーリャとラコルーニャの間に、それほどの緯度の差はない。

 スペインの魅力はそこにある。この国ほど、街によってばらつきが激しい国も珍しい。

 では、いま僕がいるバルセロナはどうなのか。この街の在住者は言う。湿気が多くて日本みたいだと。しかし、日本在住者に言わせれば、これが東京なら天国だと言い返したくなる。セビーリャが湿度20%台だとすれば、ラコルーニャは30%台。そしてバルセロナは行ったところで50%だ。よって僕は、ボルン地区の路地裏を、日中からせっせと散策している。

 そんなある時、日本から怒りのメールが入ってきた。僅差の判定で勝利した亀田の初防衛戦についてである。日本代表のW杯と同じぐらい憤りを感じる。日本脱出を真剣に考える時がきたと、そこには強い調子で書かれてあった。頻繁に脱出を繰り返し、勝手にバランスを維持している僕には、言わんとしている意味が痛いほどよく分かった。

 スペイン在住者で、W杯直後に日本を訪れていたというある人物も、日本代表報道について「ああいう決着の仕方でいいんですか」と、憤まんやるかたないといった表情で、僕に激しく迫ってきた。「スペインでも、ヨイショはいくらでもしますけれど、叩くべき時にはビシッと叩きますよ」。

 たしかにその通り。商売至上主義が、あまりにもミエミエなのが、いまのメディアに共通する傾向だ。バレないようにこっそりならいざ知らず、そうではないから始末が悪い。信頼感は、視聴率が取れた分だけ、販売部数が伸びた分だけ失われる。その結果、シラケたムードが世の中に蔓延することになる。

 スペインは相変わらず暑い。いや熱い。W杯ではベスト16止まりだったというのに、過去はどこへやら。シラケ派はいない。新シーズンへの関心で盛り上がっている。代表チームにあまり関心がない国だからと言われればそれまでだが、身の丈もわきまえずに、変に盛り上がってしまう国より、よっぽど健全なような気がする。

 ただ、スペインで一つ気がかりなことは物価の上昇だ。ここ何年かの間に、モノの値段が最も上がった国。僕の感覚ではそうなる。バブル期の日本にそっくりなのだ。マドリーも、セビーリャも、ラコルーニャも、バルセロナも、どこもかしこもが建設ラッシュ。土地を掘り返す風景があちこちで目にとまる。僕がいまいるボルン地区も、夜中まで人で溢れている。飲み食い代は、明らかに日本以上。数年前の2倍以上に高騰しているというのにだ。日本化の恐れあり。大丈夫かスペイン。大丈夫ではない国からやってきた僕が忠告するのも、少しばかり的外れな気はするが、ともかく怪しい感じは、この快適な暑さの中にもプンプンと漂うのだ。

 僕は間もなく、変に地味な日本、変にメディアがはしゃぐ日本に帰国する。オシム・ジャパンもそうしたムードの中でスタートする……。

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