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訪れた世代交代。バラックの落日。 

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安藤正純

安藤正純Masazumi Ando

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posted2008/11/06 00:00

訪れた世代交代。バラックの落日。<Number Web> photograph by AFLO

 前回のコラムでケビン・クラーニィのお馬鹿ぶりをリポートしたが、その余熱も冷めやらぬうちに、またもや代表選手を巡る難題が発生した。今度の主人公はバラック。自他共に認める現役最高のドイツ人選手である。

 有力紙の単独インタビューでバラックは代表のレフ監督を「若手選手にベテランのポジションを奪わせるような起用法をとっている。監督の人格には疑問符が付く」と毒づいたのだ。これはただ事ではない。選手が、しかもキャプテンがメディアを使って堂々と監督を批判するなど、100年を超えるDFB(ドイツサッカー連盟)の歴史上、初めての異常事態である。

 インタビューを行なった新聞は、フランクフルトに本社を置く高級紙の『フランクフルター・アルゲマイネ』。つまりバラックはDFBの地元で吼えたことになる。DFBとレフ監督は即座に反応した。「理由を聞きたい。今すぐ、ロンドンからフランクフルトに戻られたし」と連絡を送る。しかし当人は怪我の治療を理由にこの要請を断った。

 バラックの言い分を吟味すると、概ね次のようになる。

 これまでチームに大きく貢献してきた選手のポジションが保障されていない。

 ベテランがないがしろにされている。GKカーンはその犠牲者だ。

 重要な選手を招集しておきながら、1年間も試合に出さず、つねにベンチウォーマーにしている。

 いずれも“当たらずも遠からず”である。クリンスマン時代から、ベテランであろうがポジションの保証などなくなっている。選手が引退するのもベンチに座るのも、パフォーマンスの低下と判断されてのことだ。つまり、バラックは自分のエゴを主張したに過ぎない。

 彼が「重要な選手」と名指ししたのは僚友のフリングスである。無口で人見知りが激しく、マスコミでの不人気ぶりが定着しているフリングスは、バラックの一番の親友。とにかく仲がいいのだ。移動バスでは最後尾で隣同士に座り、プライベートでもよく連絡を取り合っているという。そんなマブダチが去年からずっとベンチに座るだけの状況にバラックは我慢出来ず、ついに爆発したのである。

 前代未聞の監督対キャプテンの対立。しかし勝負の行方はとっくに見えている。まず、DFBが会長、副会長(ベッケンバウアー)、GMなど、どこを見渡してもレフ監督支持派で占められていることだ。クラブレベルではバイエルン・ミュンヘンのルンメニゲ社長が(将来的にレフの監督就任を視野に入れているからだろうが)強く支持をしている。そして代表レギュラー選手もほとんどがレフと良好な関係にある。レフと仲が悪いのはクラーニィ(当然だろうが!)、シャルケのGM(これも当然)、フリングスなどごく一部しかいない。マスコミもどちらかといえば、超高額年俸に釣られて怪しい匂いがプンプンするチェルシーに移籍したバラックより、冷静で知的なオーラを放つレフにシンパシーを抱いている。

 世論はもっと敏感だ。レバークーゼン時代もバイエルン時代も、バラックは金と人事で何度もクラブ幹部を神経質にさせてきた。そのことを忘れてはいないのだ。極めつけは、あれだけ自分の好きなように選手を使い、高額なボーナスを要求してきたというのに、一度もメジャーなタイトルを獲得していない事実である。これがバラックの評価でファンがいま一つ、フラストレーションを感じる点なのである。

 後日、臨時便でドイツに戻り、レフとの直接対談を経て、この大騒動は一件落着したように見えるが、このままレフが火種を残してチーム作りを進めるとは思えない。中盤をバラック1人に任せる体制から、ヒッツェルスペルガーとヘルメスの2人で担当する布陣はすでに試験済みで、いい結果も残している。早晩、バラックは落日を体験することになるはずだ。

 元キャプテンの“闘将”ローター・マテウスはドイツ代表の強みを「チームスピリットに尽きる。他国のようにダントツの選手がいないのだから、チーム力で勝つしかないのだ」と語っている。そういうわけで、チームの和を乱す者はこのチームに要らない。94年W杯で敗退した原因は次の試合相手を甘く見たことだけでなく、一部の選手がエゴを丸出しにしたからだとクリンスマンは今でも憤慨している。そして96年ユーロで優勝できたのは、その選手をチームから追放したからだとも言う。その張本人こそ、「チームスピリット」の重要性を叫ぶマテウスだというのが笑える。

 キャリアのピークを過ぎたバラックには年齢と体力からくる一種の焦りがあるのかもしれない。せっかくの激白だったが、情勢は確実にバラック不利に動いている。チームメイトの心の中にも風が吹いている。DFフィリップ・ラームは雑誌のインタビューで「いつの日か、キャプテンの腕章を巻いてみたい」と夢を語った。この話を知ったバラックはすぐさまラームに電話をかけ、その真意を探ろうと強い調子で話を吹っかけてきた。これでは人心は離反する。

 2年後のW杯、バラックは果たして本番の舞台に立っているだろうか。恐らくそれはないだろう。怪我に弱い体質とシルバーコレクターだから、そう予想するわけではない。チームを崩壊させうる不安要因を徹底的に排除するのは、どの組織であれ必ず実行することだからだ。チームがバラバラになって苦しむ前に、バラックを排除しろとダジャレを言ってる場合ではない。バラックも潮時なのである。

トルステン・フリンクス

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