Column from GermanyBACK NUMBER
ドイツ代表クラーニィ 栄光と転落。
text by
安藤正純Masazumi Ando
photograph byBongarts/Getty Images/AFLO
posted2008/10/24 00:00
企業経営者でも政治家でも、“引き際”を誤ると、それまで獲得していた功績と名声を一気に失うことがある。『盛者必衰の理』の極致と言えるプロスポーツの世界では尚更、その反動が怖い。
W杯予選のロシア戦、代表チームに招集されながらも出場メンバーから漏れたケビン・クラーニィはスタンドからの観戦となった。だがハーフタイムを見終えたところで席を立ち、無断でスタジアムを去ってしまう。行方不明となったクラーニィを発見できないまま、チームバスは宿舎へと戻る。するとそこには、「ホテルに置いてあるケビンの荷物を取りに来た」というクラーニィの友人らしき2人が待っているだけだった。
自分のことしか考えず、理不尽でわがままな行動を取ったクラーニィに、温厚なレーブ監督もさすがにキレた。「今後は彼を召集しない」と発表し、事実上クラーニィの代表引退が決まった。
それにしても、まったくもって馬鹿げた行動を取ったものである。チーム(国家)を無視しての敵前逃亡など、実際の戦地であったら即刻銃殺の重罪だ。クラーニィ側は「試合に起用されない不満があった」背景を説明するが、そんなものは正当な理由とはならない。前代未聞のスキャンダルを起こしたことで、クラーニィに対する世間の見方は「わがままなヤツ」で固定化された。現役を引退してもこの評価が崩れることはないだろう。
シュツットガルト時代から私はクラーニィを見ているが、シャルケ04に移籍して成長したのは、自慢のスタイリッシュな髭とロングヘアくらいのものだ。肉体的に逞しくなっても技術的な伸びが感じられない。背の高さを生かしたヘディング力は欧州レベルで通用せず、足元のコントロールは他の同じ大型FWに劣る。実際、今季のパフォーマンスはリーグ・カップ・UEFAカップとも冴えず、専門誌の評価によれば6段階の4と5である(1が最高点)。
スター気取りが甚だしいクラーニィは前線の中央にポジションを固定し、左右からのハイボールをピンポイントで合わせるスタイルが馴染んでいるようで、運動量が少なく積極的に守備をしようとしない。まるで、「そんな泥臭いことなんて…」という雰囲気さえ漂う。伝説となっている03年10月のチャンピオンズリーグ、対マンチェスターU(3-1)で見せたような頑張りとガムシャラぶりの再現など、とうてい無理な注文だ。
レーブはロシア戦の直前、起用しない理由を「コンビネーションプレーで臨むため」と本人に直接説明して、チーム戦術を分かってもらおうとした。ヘディングプレーヤーであるクラーニィだと、どうしても攻撃が単調になってしまうと考えたのだ。あるいは走力に優れるロシア守備陣の必死さと、クラーニィの前線での淡泊ぶりを比較、計算したのかもしれない。
代表チームの統計を調べてみると、クラーニィは52試合で19点、クローゼは85試合で44点、ポドスルキーは58試合で31点を取っている。3人の中では得点率の低さが気になるところだが、もっと顕著な点はレーブが心を砕くコンビネーションでの差である。ここ9試合でポドルスキーが決めているゴールはすべてクローゼのアシストによるものだ。この2人が前線で絡めばチャンスは増える。逆にクラーニィだとそうはならない。2列目のバラック、シュバインシュタイガーだって、クソ面白くないハイボールを国際レベルに至らないクラーニィの頭目がけて放り込むよりも、グラウンダーのセンチメーターパスで相手陣地を切り崩してクローゼに出すほうに快感を覚えるはずだし、次のゴールの臭いがしてくるというものだ。
今回の代表引退の原因を作ったのはクラーニィ本人に他ならない。これを残念がるファンもいることはいるが、私は今後の代表チームを考えたらプラス面が大きいと思っている。彼のラストゴールはもう1年以上前なのだし、第4FWが引退しても影響は少ないというものだ。
15戦11勝2敗2分(35得点、14失点)。これがドイツ代表の今期決算である。ユーロ年ということもあってドイツは親善試合でも手を抜かず、またW杯予選では確実に勝利を積み重ねている。いずれの試合もクラーニィはゴールに関与していないのだ。
クラーニィ問題ばかりがクローズアップされたロシア戦だったが、別の選手にもスポットライトが当たった。23歳のGKレネ・アドラーがこのデビュー戦で目の覚めるような大活躍を見せたのだ。レーマン引退後、ハノーバーのエンケが正GKに君臨していたが、彼が怪我したことによりチャンスが巡ってきた。ロシアの怒涛の攻撃を防いでチームが勝利出来たのも、アドラーの連続ファインプレーに負うところが大きい。マン・オブ・ザ・マッチに選ばれたのも当然だ。アドラーは続くウェールズ戦にも起用され安定したプレーを見せた。
ただ、これだけをもってアドラーの正GK定着を断言するのは難しいだろう。エンケ、ビーゼ、ノイヤー、レンジングとライバルは片手分もいるからだ。レンジングを除けば、彼らの実力差はまさに紙一重である。アドラーにアドバンテージがあるとしたら、ドイツ代表のエンブレムと一致する彼の名前(アドラー=鷲)くらいのものか?
ところでその後のクラーニィだが、19日のHSV戦(アウェー)に出場した際は、ボールを持つたびに観客から猛烈なブーイングを浴びせられ、完全に意気消沈していた。63分に交代させられるとスタンドからは嘲笑と激しいヤジが飛んだ。この日の評価はチーム最低の「5.5」。人生最悪の1週間を味わったようだ。
一方のアドラーはと言うと、アウェーのフランクフルト戦でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなど大活躍を見せてチームを勝利に導いた。あの過激なフランクフルトのファンが、選手紹介の際に拍手を送ったというのも驚きだ。
戦いの途中で無意味な逃走を試みて、「義」に反したクラーニィは重い十字架を背負ってしまった。わがままの代償はあまりに大きかったのだ。そうであれば、しばらく身を隠すのも1つの手だろう。では、どこへ……。「倉に」でも入ったら?