Jリーグ観察記BACK NUMBER
完成されたカウンターは美しい。
川崎フロンターレ躍進の秘密。
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byMasahiro Ura
posted2009/08/15 08:00
J1屈指の破壊力を誇る川崎フロンターレの攻撃のタクトを振るう中村憲剛
完成されたカウンターは美しい。
初めてそう感じたのは、3年前、メスタージャでバレンシアの試合を観戦したときのことだ。当時バレンシアを率いていたキケ・フローレス監督は、ビジャやダビド・シルバといったスピードとテクニックを合わせ持つ選手たちを生かすために、攻守の切り替えの高速化を突きつめていた。ボールを奪うと、ピストルが打ち鳴らされたかのように、前線の4人が相手陣内に雪崩れ込む。実際キケにインタビューしたときに、「ボールを奪ったら、10秒から20秒で相手陣内に入るという練習をしているんだ」と教えてくれた。
カウンターは単純な戦術だと思われがちだが、実はそうではない。ただ、足の速いFWがいればできるものでも、ロングパスを出せるMFがいればできるものでもない。チームとして確かな設計図を描き、一人ひとりに役割を与え、それを選手が考える前に行動できるほどに訓練しなければいけない。だから、完成されたカウンターは美しいのだ。
タイトル制覇を狙う川崎の武器は電光石火のカウンター。
今、Jリーグでそういう同じニオイを漂わせているのが、川崎フロンターレである。リーグ戦で2位につけ、アジアチャンピオンズリーグではベスト8、ナビスコカップではベスト4に勝ち進み、全てのタイトルの可能性を残している唯一のクラブだ。
とにかく川崎のカウンターは速い。
相手からボールを奪ったと思ったら、もうジュニーニョやレナチーニョといった快速アタッカーが前線でドリブルを始めている。中村憲剛がアメフトのクォーターバックのようなロングパスを通し、優秀なレシーバーたちがドリブルでゴール前に迫るというのが典型的なパターンだが、サイドバックの森勇介やボランチの谷口博之が絡むシーンもよく見かける。第20節のFC東京戦の同点弾のシーンでは、DFがボールを奪ってから、のべ6人の選手が流れるように関与して、約19秒でゴールが決まった。
FC東京戦を3回見て気づいた、川崎の秘密とは?
川崎のカウンターの秘密は、いったいどこにあるのだろう?
ドイツ代表のスカウト責任者、ウルス・ジーゲンタラーは「分析対象となる試合は、常に3回見る」という。スタジアムで1回、ビデオで2回。じゃあ、それと同じことをやってみようと思い、FC東京戦をスタジアムで、そして家のビデオで2回見てみた。
すると、あるひとつのことに気がついた。
川崎はバックパスの数が非常に少ない――。
もちろんポゼッションを大切にする時間帯では、DFたちがしっかりとボールをまわし、その中でバックパスも使う。だが、いざカウンターとなると、ほぼ前か斜めにしかパスを出さなかった。
ドイツのホッフェンハイムは、カウンターの切れ味を増すために、練習においてバックパスを制限している。昨季、彼らはその手法で2部から上がったばかりだというのに“秋の王者”(前期首位)に輝いた。