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王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載第2回>
text by
瀧 安治Yasuji Taki
photograph byKazuhito Yamada
posted2009/05/22 11:00
再録連載 第2回(2/2)
○昭和59年4月10日(火) 対中日1回戦(5-1)
初勝利! 初スクイズ! 初抗議。
こんなにも勝つことがむずかしいとは思わなかった。本当に“産みの苦しみ”を味わった。本心を打ち明ければ嬉しいというより、ホッとしていると言った方が正しい。苦しい時の神頼みじゃなく、苦しい時のベテランの力である。加藤が実によく投げてくれた。一球たりとも気が抜けた投球はなかった。これで加藤は中日戦に16勝(通算)になるだろう。あまり目立たないが中日キラーなのである。コツコツ積み上げてきたもの、必死でやってきた記録(実績)というものは、ウソをつかない。
原も4の4打ってくれた。やはりやるべき時にやるべき人がやってくれれば、勝てるのである。原も中日はカモにしているはずだ(昨シーズン3割4分7厘、7本塁打、打点23)。別に彼等の記録を調べた訳ではないが、プレーの中に、ヘビににらまれたカエルのような、どこまでいってもこの関係は変らないムードがある。だから、原はバットを振りさえすればヒットになる。原自身がこの関係に気が付かなければ気が付かないほど、相手ピッチャーは勝手に打たせてくれるはずだ。阪神戦ではリキんでばかりいて力の出す方向が悪い。それが中日の投手に立ち向かう時はゆったりとして、投げてくるボールだけを静かにとらえることができる。口とか技術だけでは説明できないような力関係がある。
今となればわりと冷静に分析できる俺も、さすがに勝った瞬間は、まるで雲の上を歩いているようであった。誰と握手したか、まるで憶えていない。ホホの肉が自然にゆるんでくるのが自分でも分かる。ファンも嬉しかっただろうが、俺も選手も同じ気持である。よかった。よし、これで優勝へのスタートが切られたってことである。クロマティが来日第1号ホームランのボールを俺の所に持ってきて、私の記念すべき第1号を王さんの869号目に加えてくれ、といってくれたのは嬉しかった。