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王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載最終回> 

text by

瀧 安治

瀧 安治Yasuji Taki

PROFILE

photograph byKazuhito Yamada

posted2009/05/26 11:00

王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載最終回><Number Web> photograph by Kazuhito Yamada

[ 第3回はこちら ]

「神から与えられた試練」を全員で乗り切ろうとコーチと話し合った王監督。忍耐の日々だったが、九州シリーズで手ごたえを感じ始めた。

再録連載 最終回(1/2)

●昭和59年4月14日(土) 対阪神5回戦(1-7)

あくまで“性善説”を信じる。

 俺の竹園での部屋はツインベッドで次の間つきである。右のベッドで寝て負けたから左側のベッドで寝てみようか。昨夜、縁起でもかついでみようかと思ったが、今日も負けた、明日も負けたなんてことになると、最後にはベッドがいくつあっても足りなくなってしまう。家には勝ったら電話をしようと思っているが、こんな時電話して娘が出て、「お父さんまた負けたの」なんて言われたらショックである。よりどころがなくなってしまう。勝つまでは電話はしない。

写真

 なんとなくここへきて腰をどっしりすえてやれなくなっちゃったのが残念だ。スタートで後手をふんだのが、ここにきてたたっている。

 負けてくると、例えば自分の出したサインだって、ああ出せばよかったとか、こうすればよかったとか、反省みたいなものは常にある。人間だからしようがない、それを繰り返し繰り返し、その経験の積み重ねだと思う。自分の思う通りにはなかなかいかないということがよくわかった。選手時代は自分の思う通りになったと思う、総体的にいえば。

 ただ、こういう状態が続いても、人間性善説に疑問をもたないようにしなくてはいけない。選手に上手くやってくれという思いを強く持ち過ぎたり、野手はピッチャーにもっと頑張ってくれと期待したり、投手はバッターにもっと点をとってくれなきゃと、相手にその責任をかぶせるようなことは絶対にしてはいけない。

ピート・ローズに祝電を打とう。

 芦屋の山手には桜がまぶしいくらいに咲いている。なぜ今まで気が付かなかったんだろう。桜の山の中に家がポツンとある感じ。あたり一面、桜、桜、桜である。散歩にも行きたい。しかし旅館の回りの大勢のファンを見ると、ゆっくり散歩もできない。自分の意思にかかわらず、今の俺は動けないようにできているらしい。試合中ベンチでもジイッとして動かない、いや動けないといった方がいい。動き回るということも自分の性に合ってないし、選手にも意識して無表情をよそおっている。

 あっそうだ、4000本安打したピート・ローズに電報を打とう。『4000本おめでとう、タイ・カップの記録を目指して頑張ってほしい』今まで野球のことばかりに想いがいっていたのが、今日はなぜか回りの状況がよく見える。野球をやろう、勝とう、勝たなきゃという気持が強すぎたかもしれない。なるようにしかならないんだし、みんながやりやすい状況を作ってやればそれでいい。その中で結果を出すのは選手なんだから、やきもきしてもしようがないじゃないか。

【次ページ】 娘の声を聞きたい。

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王貞治
読売ジャイアンツ

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