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王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載第1回>
text by
瀧 安治Yasuji Taki
photograph byKazuhito Yamada
posted2009/05/21 11:00
名監督は一日にしてならず――初々しい指導者としての王の素顔は、後年ホークスを日本一に育て上げた名監督ぶりを知る我々には、驚きでさえある。
再録連載 第1回(1/3)
昭和59年4月5日(木) 開幕前夜
今年は大丈夫、いけそうだ。
これまではテレビの仕事とか激励会とかあって外で食事をする機会が多かったが、今晩は、明日が開幕ということもあって家で食事をする。家族全員が揃う。食卓の上には知人からいただいたタイが姿のままサシミになっている。結局わが家でも俺に対する激励会みたいな感じになってしまった。全員が俺に対して「頑張ってね」ということである。娘達の明るい表情を見ていると、それだけで家が落ちつく……いいものである。
10時30分にベッドに入る。
とにかくやり残したことはない。あとは選手がやってくれる。俺はシャンとしていればいいんだ。選手との信頼関係は崩せない、絶対に。60人しかいない中からこの28人を選んだ。このメンバーで一年間戦っていかなきゃならない、信頼するしかないんだ。今日駄目でも明日やってくれる、明日駄目でも明後日はやってくれるだろう。失敗しない選手はいない、ミスはある。忍耐し信頼して使っていく、これが俺の持論だ。
みんなキャンプ、オープン戦とやってきて、今年はキチッといけると確信を持っているだろう。我々は何のためにキャンプをやってきたんだろう。若い人は昨年の秋から、技術の一層の向上をめざして腕を磨いてきた。その結果、彼等も俺も今年はいけると思っている。OBの人達やまわりの人達も「今年は大丈夫、いけそうだ。強いぞ!!」と言ってくれる。その方が我々も嬉しい。今まで我々がやってきたことを正当に評価してくれたんだ。
ピッチャーゴロのダブルプレーもうまくできる。今まで下手さ加減が目についてしようがなかった。走ることもやり過ぎる位やった。
残る課題は原の守備、江川のピッチング
残るのはなんだろう。原の守備、江川のピッチング、この二つだけがオープン戦で確認できなかった。彼等自身もそう思っているだろう。原の場合は、もっと守備に興味を持ってほしい。俺がアウトにしてやるんだと思うくらいに。原はまだ守ることに喜びを感じていない。ガァーンと打ってランナーを還す喜びに比べ、守備の喜びは全然少ない。もっと近づいていいと思う。
俺も最初は駄目だった。いまでもうまかったとは思っていない。が、バント守備でバァーッと前進して捕って、セカンドヘビューッと投げてアウトにした時の快感はなんともいえない。人には知らん顔をしていたが「どんなもんだい」って、こんなに胸を張れたことはなかった。だから一生懸命やったんだ。おかげでダイヤモンドグラブ賞をもらった。
江川は、最後の試合(静岡でのオープン戦)がケガで投げられなくなってしまったのが不運だったが、まああれだけのピッチャーだし、自分で自分をコントロールできる男だから、俺のこんな懸念も吹っとばしてくれるだろう。必ず明日はやってくれるだろう。
いずれにしても、明日はいい天気でやりたい。野球選手なら誰しもこんな想いがある。それに50周年の門出でもあるし、巨人軍にとっても俺自身にとっても門出なんだ、出発なんだ。今はいい条件(状況)でやりたい一心である。勝った負けたが天候のせいにされたりしたら嫌だし、多摩川キャンプの時みたいな大雪じゃ困る。ああいうことがあった俺だから、明日はきっとカラッと晴れるよ。
阪神の戦力、データなど頭の中で復習する。試合展開なども何通りも何通りも組立ててみる。でも結局は、我々が今までに身に付いた野球をしっかりやればそれでいいということである。1試合2試合ならともかく、長期戦なんだから、最後には地力のある方の勝ちになるはずだ。