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王貞治「監督日記」 勝算われにあり! <再録連載第2回>
text by
瀧 安治Yasuji Taki
photograph byKazuhito Yamada
posted2009/05/22 11:00
[ 第1回はこちら ]
再録連載 第2回(1/2)
●昭和59年4月7日(土) 対阪神2回戦(1-2)
王貞治は神様じゃないんだ。
第1戦の江川で80パーセント、この日の西本でやはり75~80パーセントの勝利の確率を持っている。この一番確率の高い2人のピッチャーで勝てなかった。しかもキャンプから鍛えてきて、期待している守備のまずさが理由だけにショックである。
人工芝が昨年までと違っているということは言い訳にならない。かえって打球は死ぬし、今まで追いつけないと思われた打球でも追いつけるんだから、最後まであきらめては駄目だ。打撃は3割打てばいいが、守備は100パーセントを要求される。だから、どうしても悔いが残るし、なんとかなったんじやないかと思いたくなる。三振しても、打てなかったか、で済んじゃうことが、エラーした場合は、もう一歩踏み込んで捕っていればとか、ボールをしっかり見て捕っていればとか、いろいろ考えさせられてしまう。
エラーした選手も反省しているだろう。コーチ同士も反省するだろう。みんなの前では個人的なことはいわない。たとえホメる場合でも、そうするつもりだ。人によっては、人前でホメるっていうが俺はそうしない。
勝った時はいいが、負けた時はベンチから最後に出るようにしようかな。負けた時くらい最後まで見届けて、選手御苦労さんと言ってあげたい気持もする。あのベンチ裏の階段をあがる時の想いはいろいろある。選手の頃は「なんであんな球が打てないんだ」とか、いろんなことを考えたりしたが、今日は不思議となんにも想わなかったみたいだ。階段をトントンと上がって来てしまった。よかろうと思ってやったことが裏目に出てしまっても、「俺は神様じゃないんだからしょうがないよ」と思うことにしている、そうだろう、俺は神様じゃないんだよな、王貞治は……。
●昭和59年4月8日(日) 対阪神3回戦(3-5)
試合後の風呂場は不気味な沈黙
日曜日で学校も休みである。いつもの細い一方通行の道を行くことにする。小学校の桜もいつもならもう満開というところだが、今年は春の来るのが遅いようだ。ずいぶんじらしてくれる。この2日間、学校が始まったためにこの道を通れなかった……。
縁起はかつぐ方ではないが、今日はなんとなく安心して運転もできる。調子もよさそうだぞ。環状7号から246号線に出る。一つの信号にも引っかからずに三軒茶屋の高速入口に突入する。スムースに行きすぎるくらいである。なんにも考える暇がない。前方をにらんでハンドルを操作するだけである。高速も空いている。順調にベンツのエンジンは回転する。よし!! 今日の試合は圧勝だ、と思った瞬間、前を走る車のブレーキランプであわててブレーキを踏む。交通渋滞である。ちきしょう、なんでまたこんなにこんでいるんだろう。うまくいかないもんである。霞が関で高速を下りると、お堀に沿って後楽園に向かう。せめて試合だけはトラブらないようにしよう。後半のツメを甘くならないように……。
試合は終った。振り返ってみていろいろ考えさせられるところがある。1点勝ち越してなお一、二塁でバッター中畑の時、送りバントも考えた。が、とにかくもう1点でよかった。2点はいらない、セカンドのランナーがホームインするだけで十分だと思った。それにすでに1点リードしていることだし、9回は山倉に守らせたかった。前日の角の調子からして、今日もピシャッとおさえてくれるという自信もあった。それが、掛布に手痛い3ランを打たれてしまった。だが、決してあの作戦は間違っていなかったと思う。打たれた角をせめることはできない。自分では打ちとったと思ったのがヒットになっちゃうし……。
試合が終って全員をロッカーに集めた。
「ガッカリしてくれるな。よかれと思ってやったことが裏目に出てこうなってしまったが、みんな一生懸命やったと思う。しかし反省するところもある。二度とこんな思いはしないように、頼んだぞ」
風呂は静かである。それぞれ気が重いらしく、口は貝のように閉ざしている。昨日の風呂場も静かだったが、今日のそれはもう静かさを通り越している。不気味な沈黙である。
俺もさりげなくコーチと話したが、どうも話が続かない。みんなそんなにクヨクヨするな、まだ始まったばかりだ、選手権と違ってこれは長期戦なんだ。明日は名古屋へ移動してナイター練習をやる。ナイターの季節に入り、これからが勝負なのだ。まだちょっと寒い気もするが、ナイターなら朝もゆっくりできるし、集中力もでてくる。大丈夫だろう。ちょっとデータを再チェックしてみるか……。