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オリンピックPRESSBACK NUMBER
「もう二度と柔道は見ない」あの角田夏実が認めた“天才”は、なぜ柔道から“逃げた”のか?「消えた天才」涙の告白と13年後の再起
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/04/25 17:01

昨年から再び道場に戻り、子どもたちを指導する染宮さん。“逃げた過去”に向き合えたのは、戦友・角田夏実の金メダルがきっかけだった
「なっちゃんがパリオリンピックで優勝した姿を見て、私は道半ばで柔道を諦めてしまったけど、自分がやってきたことは決して間違いではなかったんだと思えるようになって。それで後ろめたさがようやく外れたというか、もう一度ちゃんと柔道と向き合おうと思えるようになったんです」
染宮さんは幼い娘を寝かしつけたあと、角田の試合をリアルタイムで観戦したという。「絶対に優勝すると思っていた」と、かつての戦友の戦いを目に焼き付けると、金メダルが決まった瞬間はこれ以上ない嬉しさが込み上げてきた。
しかし、同時に「嫉妬」の感情も抱いた。
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「私が目標としていたものをすべて彼女は叶えたわけですからね。しかもオリンピックという最高の舞台で。彼女は畳を下りるまで一切笑顔を見せませんでした。私も現役時代、相手への敬意として、畳を下りて初めて感情を爆発させるのが一番カッコいいと考えていたんです。それを、なっちゃんが大舞台で見事に体現していて。柔道を辞めたことを初めて後悔しました」
真剣で柔道に向き合ってきた者だけに宿る、特別な感情だった。
目標は教え子がオリンピックに出ること
現在、染宮さんは週に3回ほど警和会で子供たちに指導している。普段は穏やかで柔らかな雰囲気の染宮さんだが、畳に上がった瞬間、厳しい指導者の顔に変わる。
コーチになって1年。今はまだ「子どもたちにどういう言葉で伝えるのがいいのか」と試行錯誤の連続で、勉強の日々だ。それでも「めちゃくちゃ楽しいです」とうれしそうに話す表情からは、どれだけ充実しているかが伝わってくる。
「一番好きな柔道に戻れたことがうれしいですし、自分と向き合える勇気を持てたことで、自分自身を好きになっているような気がします」
最終目標は自分が指導した選手がいずれオリンピックで優勝してくれること。だがそれ以上に願ってやまないのが、自分を作ってくれた柔道を大好きになってくれることだ。
警和会で師範代を始めとする指導者から礼儀作法を学び、柔道の楽しさを教えてもらった。その気持ちこそが、強さを身に付けられる一番の近道だと考えている。
今度は自分が柔道界に恩返しを――。
オリンピック王者をうならせた天才が、再び輝きを放とうとしている。
〈全2回・前編からつづく〉
