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「涙が、ドバーって出てきました」坂本花織がフィギュア世界選手権で味わった“完全な敗北”の先「ミラノ五輪に向けて…超ラッキーじゃんって」
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野口美惠Yoshie Noguchi
photograph byGetty Images
posted2025/04/09 11:00

4連覇がかかったフィギュアスケート世界選手権で銀メダルとなった坂本花織。優勝したアリサ・リュウに完全な敗北を喫しつつも、来年のミラノ五輪に向けて「超ラッキー」と語る理由とは…
「もともと調子の波はあるのですが、今年は2月の頭から1カ月半ぐらいずっと調子が悪い時期が続きました。今まで以上にトレーニングをして、練習もしているのに、調子が悪い原因が見いだせなくて、不安しかありませんでした。やっと出発の1週間前に調子が上がったのですが、出来ている『1週間』に対して、不調の『1カ月半』が長すぎて、不安に繋がっていました」
『3連覇の肩書は重かった?』と尋ねられると、「だいぶ重かったです」と坂本。
『少しほっとするところもある?』との問いに、「若干」と言って笑った。そして続ける。
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「今までは何連覇とか、優勝候補とかを背負ってきたけれど、1回ゼロになれば、自分もすっきりします。追いかける立場になれたのは、本当に大きいことです。この悔しさを今回経験できたのは、来季に向けて大きなきっかけになります」
どこか自分が麻痺してしまっていた
それから一夜が明け、インタビューに現れた坂本は、すっきりとした笑顔だった。
「昨日ホテルに帰ってからも、映像を見返したり、色々な人から温かい連絡をもらったりして、ずっと泣いていました。寝るまで泣いて、朝『意外と目が腫れてないな』と思ったくらいです」
気持ちを整理して、いま胸中にあるものは?と聞かれると、「悔しかったです」と答える。そして、その悔しさの中身を分析した。
「今回の結果は、ショートでの3回転の抜けや、フリーでの回転不足が響きました。ただ、大きな転倒のようなマイナスがなかったのにも関わらず、負けてしまったというのは、ここ1~2年ありませんでした。去年の世界選手権も、ショートでミスしたのに優勝できたことで、どこか自分が麻痺してしまっていたな、ということを感じたんです」
もし、4連覇できていたら?
そして、つばを飲み込んで、こう続ける。
「今回、ちゃんと負けた。それが、結構こたえました。金メダルが取れなかったことが悔しいのではないです。フリーは自分もベストな演技でそれなりの点が出て、でもアリサの演技が良くて、正真正銘に負けた。それが悔しいです」
改めて、もし4連覇できていたら?と聞かれると、首を横に振って即答する。
「今のこの状況の方が、五輪に向けて良かったと思います。今度は追う立場。『超ラッキーじゃん』って思っています。連覇っていう肩書もなくなるし、逆にこれで良かったと思います」
負けをこんなにもすっきりと受け入れられるのは、来季への希望があるからだ。
やりきった涙も、友情の涙も、悔し涙も。泣きに泣いた世界選手権。「生涯泣いたランキングは?」との質問に、こう答えた。
「今回はとにかく泣いたので、トップ3にランクインです。でも1位タイなのは、北京五輪の個人のメダルが決まった瞬間。あれは嬉し泣きですね。嬉し涙の止め方が分からなくなりました。そしてもう1つの1位が、2022年のトリノのGPファイナル。フリーであんなにミスをしたことがなくて、一番泣きました。でも悔しさ度合いで比べたら、今回のほうが比にならないぐらい悔しかったです」
そして、いたずらっぽく笑う。
「ミラノ五輪で、人生最大の嬉し泣きを更新します! 1リットルの涙、流します」
しっかり負けて、しっかり泣いた。弱さを受け入れることで、さらに強くなる。来年2月、ミラノの地で、とめどない喜びの涙が頬を伝っていく坂本の姿が、見えた気がした。
