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「涙が、ドバーって出てきました」坂本花織がフィギュア世界選手権で味わった“完全な敗北”の先「ミラノ五輪に向けて…超ラッキーじゃんって」
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野口美惠Yoshie Noguchi
photograph byGetty Images
posted2025/04/09 11:00

4連覇がかかったフィギュアスケート世界選手権で銀メダルとなった坂本花織。優勝したアリサ・リュウに完全な敗北を喫しつつも、来年のミラノ五輪に向けて「超ラッキー」と語る理由とは…
「70点を切ると思っていたので、超えたことには驚きました。去年も(3.69点差から)逆転優勝していますし、逆転可能な範囲。フリーは自分の演技をすれば、結果もついてくると思います」
そう強気の発言をしたものの、2日後のフリーは、会場に向かうバスの時から極度の緊張を感じていた。
「緊張度合いがショートのとき以上で、バスの中から泣きそうでした。会場着いたら中野(園子)先生に『なんでそんな不安な顔してんの』と言われて、ポロポロと涙出ちゃって。『緊張がフルMAX』という状態になっていました」
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6分間練習でも『いつもよりスピードがちょっと遅いな』と、緊張を実感する。それでも五輪や世界選手権を幾度となく乗り越えてきた坂本である。
「身体の動きそのものは良かったので、本番は行けるかなって思って行きました」
「こんなところでミスしてる場合じゃない」
演技冒頭は、雄大なダブルアクセルでGOEを稼ぐ。3回転ルッツを決めると、続いて「ダブルアクセル+オイラー+3回転サルコウ」の3連続ジャンプを、耐えるように降りた。
「オイラー+サルコウを跳ぶのに軸が歪んでしまい怖かったのですが、『こんなところでミスしてる場合じゃない。何としてでも立とう』と思って、踏ん張りました」
さらに演技後半の鬼門だった「3回転フリップ+3回転トウループ」を降りると、流れに乗った。続くコレオシークエンスで、ぐんぐん加速しながら『シカゴ』の世界観を表現する。メロディがかき消されるくらいの声援が沸き起こった。
「自分の曲は、かなり大音量で盛り上がる曲なんですけど、それに勝っちゃうぐらいのアメリカの声援と拍手に後押しされて『もう最後までこれが鳴りやまないでほしい』という気持ちで滑っていました」
最後のスピンを回り始めたとたんに観客が立ち上がり、フィニッシュポーズと同時に空気が揺れた。得点はフリー146.95点、総合217.98点で首位に立つ。涙が溢れた。
今回の試合は、キス&クライのすぐ隣に、上位3名が座る「リーダーズチェア」がある。最前列の観客席ともいえる場所から、残り4人を見守った。坂本に続き、樋口新葉も全身を躍動させる演技で、渾身のガッツポーズ。
「新葉からは、今日ホテルの部屋でメイクしている最中に『絶対みんなで表彰台に乗ろうね』ってSNSが来て。新葉がそう言える時って、前向きな気持ちで挑めている証拠なんです。思わず涙が出て『メイクしてる時にやめて!(笑)』って返したくらい。そんなこともあったから、演技の途中から涙が止まらなくなってしまいました」
そして最終滑走のリュウは、開催地のボストン出身の歌手、ドナ・サマーの曲で会場を盛り上げる。一度は引退したリュウは、タイトルや肩書にこだわらないスケート愛の境地のような演技を見せた。圧巻の優勝だった。
「アリサとは、一緒にオリンピックシーズンの世界選手権で表彰台に乗りました。その後競技から離れて、復活して、世界チャンピオンになれたのはすごいこと。相当努力したと思うし、尊敬しかありません」
4人のスケーターが滑るたびに泣き、その興奮が冷めないままインタビューゾーンに現れると、気持ちの混乱を隠さずに、言葉を紡いだ。
「こんなにも悔しい試合になったのは、久々でした。ショートのミスが大きく響いてしまいました。でも今日は頑張れましたし、まだ気持ちが整理しきれてなくて……、何が悔しいのか、今はまだ分からないです」
3連覇の肩書きは?「だいぶ重かったです」
フリーのミスの原因について聞かれ、少しずつ心を探っていく。