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箱根駅伝で大バズり…ナゾの“給水おじさん”の正体は?「みんな『この人、誰?』って(笑)」東大院生ランナーに力水…65歳「八田先生」の給水秘話
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by(L)JIJI PRESS、(R)NumberWeb
posted2025/01/22 06:00
関東学生連合チームの9区を走った東大大学院の29歳・古川大晃(左)と給水員を務めた八田秀雄教授。なぜ大学院の教授が給水役になったのだろうか?
「給水おじさん」がまさかのトレンド入り
ただ、終わってからがたいへんだった。
知り合いから連絡が入る。そのうち、インターネット上で「給水おじさん」というワードがトレンドに入る。まさか、まさかの展開である。
「妻が給水場所の近くで見ていたんですが、沿道にいた方が『あの人、誰かしら?』『(誰かの)お父さんじゃない?』という会話が飛び交っていたそうです(笑)。うれしかったのは、授業を受けた卒業生が私のことを思い出してくれたことです」
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八田教授は東大の教養課程で「身体運動科学」という授業を担当してきた。
「300人から400人の学生が受講する授業ですから、記憶が呼び覚まされた卒業生が多かったんでしょう」
もともと、八田教授は東大の修士課程で「LT(乳酸性作業閾値)」の研究を始めた。
人間は、ある強度で運動していると急激に血中乳酸濃度が高まるポイントがある。この急激な上昇が起こる付近の強度を『LT値』と呼び、このLT値が高いほど同じ速度でも楽に走れて、運動時間を継続できる可能性が高まる。八田教授は言う。
「LT値を高めるには、骨格筋のミトコンドリアを増やすことが重要です。ミトコンドリアが増えれば運動中に脂肪を多く使えるようになり、糖を節約できるようになるからです。乳酸は疲労物質として考えられてきましたが、トレーニングによって生じる乳酸は、ミトコンドリアが増える有力なシグナルといえます」
教養課程で学ぶ学生たちに、身体の機能、人間の能力をもっと知って欲しい。八田教授はそう願っている。
「私は今年、定年を迎えますが、可能ならば講義は続けられたらと思っています」
2025年は箱根駅伝に始まり、早くもメモリアルな年になった。
「29歳のランナーと、65歳の給水員が出場したことで、陸上競技の多様性を示せたかなと思っています(笑)。私にとっては、定年前のご褒美でした。学生たちに感謝しかありません」