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「イップスはこういうことか」“21歳ロッテ退団”5年後に最速151キロ…慶大大学院生・島孝明は転身で何を学んだか「トライアウトの感覚が一番…」

posted2025/01/19 11:05

 
「イップスはこういうことか」“21歳ロッテ退団”5年後に最速151キロ…慶大大学院生・島孝明は転身で何を学んだか「トライアウトの感覚が一番…」<Number Web> photograph by Kou Hiroo

2024年のトライアウトで最速151キロをマークした島孝明。大学と大学院に通う中で、自らの投球フォームを作り上げていた

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広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

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 華やかなスタジアムの一方で、戦力外というシビアな現実が待つプロ野球界。毎年恒例となっているトライアウトで、2024年に「千葉ロッテ退団から5年」のブランクを経て、150キロ超の速球を投げた人物がいる。かつてのドラフト3位に野球経歴での挫折、大学進学後と現在所属する大学院での研究について聞いた。〈アスリート転身特集/全2回の2回目〉

ロッテの二軍にいた外国人と英語で話して…

 2019年限りで千葉ロッテマリーンズを退団した島孝明は、育成契約の打診を断って「別の道に進む」ことを決断した。その中で選択したのは進学――國學院大學人間開発学部健康体育学科への入学だった。

「日本プロ野球選手会と國學院大學が、プロ野球選手のセカンドキャリア支援で提携をしていて、それを活用しました。AO試験などを受けて入学しました。健康体育学科は、主として教員養成を目的とする学科で、体育やスポーツについて学びました」

 島は2024年トライアウト後の囲み取材では「大学に入ったのは、英語の勉強がしたかったから」と語っていた。そのきっかけとなったのはロッテ所属時代に在籍していた、マット・ダフィーという選手である。

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「彼はずっと二軍にいたのでロッカーが隣で、いろいろ話をすることができて楽しいなと思ったんです」

 当初は英検を受けるなどの基礎もなく「大学へ入ってから勉強しようと思った」レベルで、独学で単語帳をひたすら繰り返し読んでいた。しかし「これではいけない」と留学しようと決意したという。

 しかし——大学に入学した2020年度は、新型コロナウイルス禍の真っただ中だった。

「入学して最初の2年間外出もできないような状態で、どこへも行くことができませんでした。ようやく留学できたのは、4年生になってからで、半年間ぐらいオーストラリアとニューヨークで本格的に英語を学びました」

スポーツ心理学を学び、イップスの原因を理解した

 とはいえ、大学生活は充実したものだった。スポーツ心理学や生理学、スポーツバイオメカニクスなどを総合的に学んだ。さらには教員免許の取得も目指していたので、教職に関することも学んだ。

 その学び、スポーツ心理学によって、自分自身の「イップス」について説明がつくようになった。

「おそらく“動作失調”という現象が起こっているのだと思いました。スポーツ心理学の先生は野球が大好きな方だったので、実際にキャッチボールをしたりしながら、自分の状態を思い返してみて、そのうちに少しずつ僕も投げることができるようになりました」

 では、プロ野球にいた時よりも、投げられるようになったのか? そう聞くと島は首肯しながら、こう続ける。

【次ページ】 教員免許を取り、慶大大学院へ

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