進取の将棋BACK NUMBER

「えっ…この香車は何?」藤井聡太22歳が“AIに指せない勝負手”で評価値13%→99%「催眠術のよう」A級棋士・中村太地が解説で混乱した理由 

text by

中村太地

中村太地Taichi Nakamura

PROFILE

photograph byJIJI PRESS

posted2024/12/29 06:03

「えっ…この香車は何?」藤井聡太22歳が“AIに指せない勝負手”で評価値13%→99%「催眠術のよう」A級棋士・中村太地が解説で混乱した理由<Number Web> photograph by JIJI PRESS

王座戦、初の防衛を果たした藤井聡太七冠。その第3局で見せた逆転劇は衝撃的だった

「△9六香」。

 先手玉に王手をかける一手が出た瞬間、私はこんな反応だったそうです。

〈香車!? ええっ……これは何だ? なんですかこれは〉

ADVERTISEMENT

 評価値と候補手を見てみると、この時点で評価値は「永瀬87%-藤井13%」でした。でも解説の私や本田奎六段の第一観で浮かんだ「▲9七歩」で合駒(王手を持ち駒で防ぐ)した場合はマイナス86%、つまり「1%-99%」の大逆転になってしまう。AIが示す数値に正直なところ、40秒くらい〈え????〉という感情しか生まれませんでした。

 残り10秒くらいだったでしょうか。歩を打つと藤井玉の詰めろ(※次の手で何もしなければ詰ませられる状態)が解除されることに気づきました。正着は桂馬で合駒。しかし永瀬九段は魅入られたように9七歩を……まるで催眠術に操られたような感覚でした。

 これは永瀬九段や我々だけでなく、藤井王座も含めたものだったのでは、と今では考えています。

 使った時間を見る限り、意図的に〈永瀬九段の間違い〉を狙うような指し手ではなかったんです。もしノータイムで「△9六香」としていれば、永瀬九段も「これは罠なのでは?」と察知したと思うんです。しかし藤井王座は1分の持ち時間を使い切ってこの一手を繰り出しており、ギリギリで判断したことが見て取れます。これを受けて永瀬九段は〈藤井王座が何か必死にひねり出そうとしているけど、見つけられなかったのか?〉という思考回路に陥ったとしても何らおかしくない。そういった要因が積み重なって、大逆転劇につながったのだろうと今は考えています。

催眠術に操られた感覚の正体とは

 何度かお話ししたことがあるかと思いますが――将棋では、本局のような感覚に陥りやすい局面が往々にして発生するのです。

 盤上という2人だけの空間で、長時間ともに同じ時間を共にすると〈この将棋はこう展開していくよね〉と阿吽の呼吸のようなものが生まれる。

 対局場ではありませんが、解説者の我々も丸1日にわたって対局を見つめていると、意外性のある一手が飛び出すと心が惑わされてしまう。思考のギャップを感じつつ、何としてでも最善手を選ばねば……という心境が、最終盤の勝負どころで来る。その感覚は非常に難しいものです。

【次ページ】 佐々木勇気との竜王戦第6局でも驚きの展開が

BACK 1 2 3 NEXT
#藤井聡太
#永瀬拓矢
#佐々木勇気
#伊藤匠

ゲームの前後の記事

ページトップ