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「林下詩美はそんなもんじゃない」後輩からまさかの苦言…リーグ戦優勝の裏に“ある女子レスラー”の存在「エースはウタしかいないんだから」
posted2024/10/10 17:15
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
NoriNorihiro Hashimoto
「○○駅まで行きますけど、乗って行かれますか?」
少し前のこと。タクシーの中から林下詩美に声をかけられた。その日は彼女が所属する女子プロレス団体マリーゴールドの記者会見があった。会見場はどの駅からも少し遠く、15分ほど歩くことになる。
筆者は取材を終えて駅まで歩き始めたところだった。まだ暑い時期だったから助かった。お礼を言うと「誰か通らないかなと思ってたんです」と林下。
「タクシーに1人で乗るのって、なんか凄くもったいない気がして」
今もそういう感覚なのか、と少し驚いた。彼女はデビューしたスターダムで“ビッグダディの三女”として常に注目され、最高峰である赤いベルトことワールド・オブ・スターダム王座を獲得。東京スポーツ認定の女子プロレス大賞を受賞してもいる。世界でもとりわけ女子プロレスが盛んな日本において、トップクラスに位置するレスラーだ。
けれど彼女の生活感覚は、大家族で過ごした奄美大島での少女時代から変わっていないのかもしれない。海で釣った魚をその日の晩御飯のおかずにしたこと、水で溶いた小麦粉を焼いただけの「具なしお好み焼き」で空腹を満たした話を、今も懐かしそうにする。どれだけ活躍しても“置いてきた過去”などなくて、すべての日々が地続きなのだ。
23歳で落とした“最高峰のベルト”
スターダム時代、チャンピオンとして記者会見を終えてから雑用していたこともある。「表舞台を降りたら若手ですから」と。スターダムの“アイコン”岩谷麻優を下して赤いベルトを巻いたのが2020年、デビュー3年目のことだ。今のスターダムで言えば天咲光由くらいのキャリアだった。
1年あまり王座に君臨し、ベルトを失ったのが2021年の12月。まだ23歳だった。それからはユニットQueen's Questのリーダーとして、タッグ戦線やユニット抗争を引っ張ってきた。
「選手としての優先順位を変えた感じでした」
とはいえ、だ。最高峰のベルトを落としたと言っても、シングルプレイヤーとしての“上がり”には早すぎる。林下には一からやり直せる新天地が必要で、それがマリーゴールドだった。
「マリーゴールドには、自分のためだけに、最強の林下詩美になるために来ました」
最強の林下詩美になるということは、キャリアの最高地点を更新することにほかならない。もちろん、そのハードルはかなり高い。マリーゴールドでも誰もが認めるトップに立って、それでようやく“元に戻った”ということになる。
他の選手のように、たとえば「初のビッグマッチ」とか「初のシングル王座」で一喜一憂していられなかった。だから周囲と比べると、どうしても“動き”が鈍く見えてしまう。
「マリーゴールドが5月に旗揚げしてから、いろんな動きがありましたよね。ベルトを巻いた選手がいて、挑戦する選手がいて。その中で自分だけ大きな動きがなかったし、結果が出せていなかった」