Number ExBACK NUMBER
クイズ王・伊沢拓司でも田村正資でもなく…高校生クイズ“14年前の伝説”開成高校にいた「無名の天才」とは?「自分は完全に地頭だけで…」
text by
山崎ダイDai Yamazaki
photograph by(L)Shiro Miyake、(C)、(R)Shigeki Yamamoto
posted2024/09/10 11:01
伝説となった2010年「高校生クイズ」で優勝した開成の(左から)大場悠太郎、伊沢拓司、田村正資の3人。彼らが日本のクイズ界にもたらしたものは何だったのか
「当時は先生たちもクイ研の存在なんて全然、気にもしていなかった。予算もない。ボロボロの早押し機を使って必死に活動していたんです。その皆の努力はクイズだからって、他の部活と比べて下に見られていいはずがない」
クイズという競技を皆に認めさせる。そのためには、この「高校生クイズ」はチャンスだと思った。もちろん競技クイズの文脈で言えば、もっと権威のある大会は山ほどある。それでも、一般の人への影響力という側面から見れば、地上波のゴールデンタイムで放送される同大会は段違いのものがあった。
「やっぱりクイズの世界の内側の人じゃなく、外の人からどう見えるかは大事なんです。僕らが青春を懸けたものが、すごいものなんだと分かってほしかった」
同級生の「なんだよ、負けてんじゃん」を「すげぇな、開成」にする。
それができれば自分たちの評価も、もっと言えばクイズそのものの立ち位置も、きっと変わる。それには、どうするか。簡単だ。圧倒的な力で頂点に立てばいい。
「自分が高校生になった時に、絶対にここで勝ってやろう。そうすれば全部変わる――そう思ったんです」
2009年の開成クイ研に起きた「大事件」
中学生だった伊沢少年が熱い決意を固めた、そのちょうど1年後。
2009年の全国大会で、開成高校に予想外の出来事が起こる。主役は伊沢ではなく、当時高校2年生の田村正資だった。
前年の準優勝校として都大会を突破し、全国の舞台へ帰ってきた開成高校クイズ研究部は、この年も優勝候補の一角として確かな実力を見せた。しかし、結果だけを見れば決勝まで進んだ昨年に及ばず、ベスト4で敗退している。
ただ、この年に問題だったのは、大会そのものの結果ではない。
発端は、出場した3人のメンバーのひとりだった田村が、クイズの実力に加えて端正なマスクを兼ね備えていたことだ。
「全国屈指の進学校クイ研に颯爽と現れたイケメン」
そんなアイコンは、地上波の人気番組の演出という増幅装置を経て、驚異的な熱狂を生み出した。テレビ放送直後からネット上で田村の人気が沸騰。クイ研にはファンレターまで届き、文化祭には数千人のファンが押し寄せた。
「正直、怖かったですよ。前日まではその辺の高校生だったのに、突然週刊誌に『父親は医者』とか全然、事実じゃない情報が躍っている。テレビを通して僕を見てる人は、別に現実の僕を見てるわけじゃない。なのにその存在を知っていて、現実の僕に興味を持って話しかけてくる。そのギャップに多感な10代の高校生としてはすごく困惑しました」
そう振り返る田村は、高校から開成に入学してきた。それもあって、クイズをはじめたのも高校入学後だ。
学問的には理系コースだったものの、読書家でもあり文学的素養もあった。そんな背景もあり、クイズの実力もメキメキと伸ばしていた。ビジュアルが先行する形になっていたものの、高2の時期にはクイズの実力そのものも全国屈指だったのは間違いない。