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「藤井聡太さんと羽生善治さんは“将棋が人間の形”をしている」鈴木大介が真剣勝負で味わった“超・天才性”「恐怖という概念がないのか…」
text by
曹宇鉉Uhyon Cho
photograph byKeiji Ishikawa
posted2024/03/10 11:00
羽生善治九段と藤井聡太八冠。将棋界のトップを突き抜ける2人と対局した鈴木大介九段が、その天才性を語る
非公式戦とはいえ、花試合のような要素は微塵もない。鈴木は「藤井の0勝7敗」を本気で危惧していた。しかし、結果は藤井の6勝1敗。第7局で羽生に勝利すると、デビューから続く公式戦での連勝記録もあいまって“藤井フィーバー”の勢いは頂点に達した。
「あの羽生さんが14歳の少年に負けるなんて考えられなかった。タイトル戦を主催する新聞社の人は真っ青になっていましたね」
羽生との初対局で味わったセオリー外れの猛攻
鈴木の“あの羽生さん”という言い回しには、重い実感が込められている。4歳年長の羽生は同時代を生きる棋士たちの目標であり、将棋界における強さの象徴だった。
初めて羽生と対局したのは、2000年2月23日の竜王戦。「この人に勝てれば、竜王にも、名人にもなれる」。前年の竜王戦で藤井猛の持つタイトルに初挑戦し、羽生との初対局の約3週間後にはNHK杯で初優勝を果たすなど、25歳の鈴木は豪快な振り飛車を武器に昇竜の勢いで階段を駆け上がっていた。
いまの自分なら互角以上に戦える――そう信じて将棋会館に乗り込んだ。理想は後手番で、“あの羽生さん”の将棋をすべて受け止めることだった。
振り駒の結果は先手。鈴木の脳裏に、ふと「初手で端歩を突いてみるか」という考えがよぎる。「南禅寺の決戦」における阪田三吉の例を持ち出すまでもなく、“タダ”で相手に手番を渡す端歩突きの不利はもちろん承知の上だ。
損得を超えて、羽生さんと全力でぶつかるには……。実際に鈴木が指したのは端歩ではなく、角道を開ける7六歩だった。
「アマチュア時代から振り飛車しかやったことがなかったのに、生まれて初めて、筋違い角を指してみたんですよ。プロではほとんど見られない奇襲戦法ですが、ハメようとしたわけではなくて、あえて定跡を外すことで力勝負をしてみたかったんです」
想定になかったはずの筋違い角に対して、羽生もまた当時のセオリーから外れた居玉で猛攻を仕掛けた。鈴木が望んだ力比べだったが、軍配は羽生にあがる。この対局で羽生が編み出した新手は、筋違い角への対応策の決定版となった。
羽生・藤井は「次善の策」を選ばない
羽生善治と藤井聡太。将棋界を代表する2人の天才について、鈴木は自著『将棋と麻雀。頭脳戦の二刀流~49歳からの私の挑戦』(ART NEXT)で「すぐれた鈍感力」という共通項をあげている。