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甲子園スターが経験した“陰湿なイジメ”と“父との絶縁”…やまびこ打線「恐怖の9番打者」が語る波乱万丈の人生〈息子も甲子園出場、現在はIT社長〉 

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田中耕

田中耕Koh Tanaka

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photograph byYuki Suenaga

posted2024/02/09 11:03

甲子園スターが経験した“陰湿なイジメ”と“父との絶縁”…やまびこ打線「恐怖の9番打者」が語る波乱万丈の人生〈息子も甲子園出場、現在はIT社長〉<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

現在はIT会社「VENE BASE」の代表取締役社長を務める山口博史さん(59歳、2023年撮影)

「俺はついているというか、運がいいと思う。それは何が証明してくれるのかと言えば、今思えば、甲子園で優勝したという運。もし途中で負けていたら、こんなふうに思えていないんじゃないかって」

 これまでの人生をそう振り返る一方で、両親が離婚せず、満足に食べられる恵まれた環境にいたら、もっと別の人生を歩めていたのではないか――と思うこともある。

 ただ、後ろを振り向いても何にもならない。大学2年の時に疎遠となった父の存在が頭の隅にずっと残っていた。妻と相談して、長男が小学2年の時に、東京に呼び寄せて一緒に暮らし始めた。

「知り合いからもこのままだと一生後悔するぞって言われて……。いろいろあったけど、親だからね」

 その後、山口の長男は報徳学園(兵庫)に進み、2013年の春のセンバツで甲子園に出場した。父はもう寝たきりになっていたが、テレビで孫の勇姿を見る表情は、とてもうれしそうだった。自分と長男、二代続けて高校野球の聖地を踏んだ姿を見せられたことが、せめてもの親孝行だったのかもしれない。

忘れられない父との思い出

 山口には、父との忘れられない思い出がある。池田時代、2年の夏の徳島県予選。準々決勝で徳島商と対戦した試合で、何げないショートゴロをさばけず同点エラー、さらには逆転エラーをしてしまった。

「目の前に残っていた走者の靴跡を、今もはっきりと覚えている」

 試合が終わると、迎えにきた父の車に乗った。甲子園を逃した3年の先輩に申し訳ない気持ちと、エラーをした悔しさが重なり、大粒の涙がとめどなく流れ落ちた。

 顔を上げると対戦した徳島商の同級生を乗せた車とすれ違った。

「俺、野球辞めようかな……」

 気づいたらそう声を漏らしていた。すると父の野太い声が返ってきた。

「ヒロシ、辞めたければ辞めればいい」

 あれだけ嫌いだった父。記憶は薄らいでいるが、あの時の言葉が胸を打ったことは今も覚えている。

「野球が嫌いになったのは生まれて初めてのことだった。でも、親父の言葉で吹っ切れたというか、楽になったというか……。あそこで辞めていたら、甲子園の優勝もなかった。本当に辞めなくてよかった」

 プレーヤーとしての道は大学で断念したが、常に野球は身近な存在だった。2007年から2022年まで少年硬式野球の指導にボランティアで携わった。あの荒木大輔が在籍した調布リトルシニアだ。教え子には、日本ハムの清宮幸太郎もいる。

「細かく教えることは一切しなかった。選手には、常に自分で考えて気づいてほしいと思っていたから」

 常に自分で考えて行動する――。その信念は、蔦監督から口酸っぱく言われていた

「自分で考えて野球をしろ」という言葉と同じだった。打撃ゲージの横に座って子どもたちを指導していた自分の姿は、蔦監督そっくりだと周囲に言われていたという。

「蔦先生と話したのは、怒られる時だけだった。恐れ多い人でしたけど、自分の中に知らぬ間に、蔦先生の考え方や野球が染みついているんだなと」

 山口が立ち上げた会社は、まだ創業して1年もたっていないが、昨年度の売上は5億円で黒字決算と好スタートを切った。事業内容は幅広く、金融関係のシステムから、プロ野球の横浜DeNAベイスターズのチケット販売など、自らの知見を生かしたスポーツビジネスまで手掛けている。

「人生どうなるか、誰にもわからない。ならば蔦イズムじゃないけど、自分で考えて行動しないと。会社は調子がいいけど、そういう時こそ謙虚さを忘れずにいないとね」

 最後に今後の目標を尋ねると、山口は目を輝かせてこう締めくくった。

「これから、社員の考えたことがどんどんできる環境を作ってやりたい。俺もフルスイングしてチャレンジしていきますよ」

 あの夏、甲子園を沸かせた「恐怖の9番打者」が奏でた快音は、40年以上の時が流れ、新たな舞台に立った今でも豪快に響き渡っている。

(全2回・完)

【初出:Sports Graphic Number1068号(2023年2月16日発売)『池田高校「恐怖の9番打者」がIT社長になるまで』】

#3に続く
甲子園スターが経験した“陰湿なイジメ”と“父との絶縁”…やまびこ打線「恐怖の9番打者」が語る波乱万丈の人生〈息子も甲子園出場、現在はIT社長〉―2024上半期読まれた記事

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