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藤井聡太21歳「モチベーションが上がります」と嬉しそうに語る公開対局の舞台ウラ「序盤は解説の声が耳に入りますが…」中村太地八段に聞く
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byShiro Miyake
posted2023/11/15 17:06
JT杯準決勝、藤井-永瀬の一コマ。多くの観客が妙手を見守った
「観客の方々に見ていただくのは、やはり凄くやりがいを覚えるものでした。一方でとても広い空間で対局するのは普段はしない経験なので、どれだけその中で盤面に入り込めるかは本棋戦で問われる部分なのだろうな、とも思いました」
――今回のJT杯準決勝の「藤井-永瀬」戦では、封じ手開封の際に少しどよめきが起きたそうです。こういった反応は、もしかしたら公開対局ならではなのかも? と思いました。
「お客様側も声援は出さない決まりとなっている一方で、誰もがびっくりするような手が出たら、やはり人間ですから思わずそういった反応があるかもしれませんね。加えて対局中の真横で大盤解説を実施しています。私も一度JT杯の解説を担当しましたが、その際には凄く配慮しましたね」
序盤は解説の声が聞こえてきます(笑)。だけど…
――というと?
「対局者としては間近だから全部声が聞こえるので、駒の名前を言わないように解説します。いつもなら〈ここで4六歩が……〉など符号を言うんですけど、それだと対局者にわかってしまいますよね(笑)。なのでテレビの天気予報で見るような指し棒を使って〈この駒がこうなって……〉という感じです。それに加えて初心者向けの筋をなるべく多めにしてみたり、プロなら見落とすことのない展開などを解説することが多いですね」
――ちなみに……対局者の立場で、解説って耳に入っちゃうんじゃないですか?
「序盤付近は普通に聞こえています(笑)。ただ終盤に入ったら、盤面にすべての集中を向けなければいけません。だから自然と解説の方の声は耳に入らなくなる感覚ですね。大きな会場の中でも、対局中は静かで、棋士の息遣いも聞こえてくるような空間になります。動画中継では感じられない対局での緊迫感、棋士の一挙手一投足を目の当たりにできますので、機会があれば現地観戦をぜひお勧めしたいと思います」
考えてみれば――大谷翔平の豪快なホームラン、三笘薫や久保建英の鮮やかなドリブル、高橋藍の華麗なフェイクセットなどなど、アスリートの躍動を現地会場で見たくなるのが人の性である。それを将棋に置き換えれば、藤井をはじめとした名棋士は普段、聖なる空間である対局場で一手一手に魂を込めている。それをライブで味わえるというのはとてつもなく貴重だし、棋士にとっても喜びを感じられる瞬間なのだろう。
JT杯の決勝戦は19日に東京ビッグサイトで開催される。若き八冠王者・藤井と早指し戦で抜群の強さを見せる糸谷哲郎八段のマッチアップはすでに申し込みが終わり、大観衆が見守ることが決定的だ。今回の対局に足を運ぶ人も、八冠誕生によって興味を持った人も……棋士が思考をめぐらす貴重なひと時を堪能してほしいものだ。