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藤井聡太がまさかのダメ出し「君はそんなことを言ってるからだめなんだよ(笑)」師匠・杉本昌隆が垣間見た八冠のストイックさ
posted2023/10/13 06:00
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph by
Keiji Ishikawa
藤井にとってはリスクを恐れることが、最大のリスク
肉を切らせて骨を断つとでもいえる、リスクを恐れない戦略と、それを下支えする藤井の構想力を象徴する対局があります。藤井にとってはリスクを恐れることが、最大のリスクなのでしょう。
14歳でデビューして最初の、C級2組順位戦での出来事です。二回戦中田功八段(当時七段)、四回戦佐藤慎一五段との対局で、藤井は自ら崖っぷちを歩くかのような局面をつくり出し、完璧に読み切って勝利したのでした。自分の玉を「打ち歩詰め」(あと一手で相手の玉が詰む形で、持ち駒の歩を打って詰ませること。禁じ手の一つで、打った瞬間に負けとなる)の状態にしたのです。
常識的には相手の攻め駒はなるべく自玉のそばに近寄らせたくないものです。どんな突発的なトラブルが起きるかわかりませんから。
しかし、藤井は将棋の禁じ手である打ち歩詰めの状態を保つことが、その局面においてもっとも早い勝ち、すなわち安全だと考えたのです。
相手の駒を呼び込めるだけ呼び込んで、見た目には形勢不利と見せながら、その実、相手方にもう打つ手のない状況をつくり出しました。
つまり、偶然にそうなったわけではなく、意識的にその形にもち込んだのです。
それは恐怖心との戦いを伴う、非常にストレスフルなことでもあります。
たとえるなら、猛毒をもつ蛇の首や口をしっかりと押さえている状態でしょうか。
相手が見えず襲いかかられる恐怖におびえるより、接近して押さえて、嚙まれなければかえって安全です。でも手元が狂って嚙まれてしまうかもしれない。疲れて手がしびれるかもしれない。そう思うとやはりなかなかできないものです。
ほとんどの棋士が検討を打ち切る中、藤井だけ…
それを、あくまでも最短、最速の手と考えて選び取った。何十手も前から、打ち歩詰めを前提に読み、組み立てていったのです。