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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「19歳の石川祐希や柳田将洋を見た時に…」中垣内祐一はなぜ“頑固なフレンチシェフ”に日本を託したのか? 男子バレー“ブラン監督”誕生秘話
text by
田中夕子Yuko Tanaka
photograph byNumberWeb
posted2023/11/14 11:00
現在は故郷で家業を継ぎながら、福井工業大学教授の肩書きも持つ中垣内祐一(56歳)。ブランに託した代表チームの躍進を嬉しそうに振り返った
「『ブレイク率を上げるためにまずサーブだ』と提案したら『そんなバレーじゃ勝てない』と即、却下(笑)。当時のフィリップの頭には、日本のバレーと言えば三橋栄三郎さんのクイックがあったんです。186cmでもがんがん打つ。あんなの誰も真似できないんですけど(笑)、あの残像があるから『サイドアウトだ』と譲らない。そもそも彼は僕のことも日本のこともわからない。すべて初物だから、まず“NO”から入るのが大前提でした。練習の年間スケジュールやウェイトトレーニングの回数まで『ダメ』とすべて却下。それはもう、フラストレーションがたまりました」
最初の交渉はサーブか、サイドアウトかの論争は折り合いがつかないまま終わったが、ブランの関心を引く要素もあった。
「李(博)と藤井(直伸)のクイックです。サイドアウトだと論じる彼にとって、2人の攻撃はまさにヒットした。サーブが大事だ、と言い出したのは2018年に西田(有志)を見てからです。僕はずっと『サーブだ』と言い続けてきたので、ほら見ろと思ったんですけどね(笑)」
コーチ就任当初から、ブランは戦術に留まらず目にするものすべてに異議を唱えた。「NOが大前提」という中垣内の言葉は決して大げさではなかった。
「なぜ大学生は大学で勉強するんだ、代表の練習ができないだろう、とか、どうしてVリーグは土日続けて試合をするんだ、とか。僕らに言わせれば、大学生なんだから勉強するんだ、としか言えないじゃないですか(笑)。彼の場合、僕らに不満を言うだけでなく直接行動しようとするので、ずいぶんいろいろなところからお叱りを受けた。むしろ最初は謝ることが僕の仕事でした」
ただ、中垣内は「でもね」と続ける。
男子バレー代表の加速させた“判断スピード”
「フィリップは却下するけれど話を聞かないというわけではないんです。提案されたものを吟味して、よく考えてアウトプットする時には最もいい形として出してくる。あれほど『却下』と言い続けてきた練習スケジュールも、来日した彼が出したのはこちらの要望を受けて考えてくれたものでした」
不満があればそのままぶつけ、しかも絶対に譲らない。中垣内の言葉を借りればまるでブルドーザーのような突破力だが、そこには強化の上でとても重要な“判断のスピード”が備わっていた。
「たとえば、移動の飛行機が3時間遅れました、という時。今後の動きを判断するのはリーダーです。僕の場合、選手を休ませるために短時間でもホテルを取ろうか、レストランで食事をする程度でいいかなど、トレーナーやマネージャーに聞いて最終的な判断をしていました。だが、フィリップは1人で『こうしよう』と決めちゃう。プライオリティがはっきりしているので“判断”に迷わないんですよ。知らぬ間に事なかれ主義に染まっている日本人では、なかなか見ることができない。しかも、その判断が問われる場面は一度や二度じゃないですから。きわめて優秀なハードワーカーです」
コート内でも、その「判断力」は特筆すべき日本の武器となった。