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中垣内祐一が“米農家”に異例の転身「高橋藍だって30年経てば…」56歳になった“元スーパーエース”の意外すぎる第二の人生

posted2023/11/14 11:01

 
中垣内祐一が“米農家”に異例の転身「高橋藍だって30年経てば…」56歳になった“元スーパーエース”の意外すぎる第二の人生<Number Web> photograph by NumberWeb

1990年代の男子バレーを牽引した中垣内祐一(56歳)。日本代表監督を退任した後は、故郷・福井に戻り家業を継いでいる

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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 元男子バレーボール日本代表監督・中垣内祐一氏(56歳)のインタビュー第2回は、現在の“意外すぎる姿”に迫りました。「大学教授」と「米農家」を両立する忙しい毎日とは?【前編「頑固者ブラン招聘のウラ話」編から読む】。

「ふくむすめ」と「ピカツンタ」

 何の話だ。そう言われても仕方ない。どちらも米の名前だ。

「ピカツンタ」はコシヒカリをベースに、「ふくむすめ」はミルキークイーンとピカツンタを掛け合わせて開発された新品種で、福井市内のスーパーに並ぶ新米の製造者欄には、こう記されている。

『中垣内祐一』

 一瞬、目を疑う。同姓同名? いや、福井県に2人もいるのか? いやいや、最近までバレーボールの日本代表監督で、現在は大学教授に就任したと聞いている。なのに、米の製造?

 いくつものはてなマークが飛び交うが、スーパーの売り場には米と並んで「私たちがつくりました」と笑顔の製造者と思わしき写真が添えられ、明らかにその人がいる。

 しかも、レシーブのポーズで「バレーボール大好き」と書かれているのだから間違いない。

「今はね、いなかの農家のおやじですよ」

 大学教授、兼、米農家。

 それこそが、まさに今の中垣内に加わった新たな肩書きだ。

日本代表監督を辞めた後、なぜ米農家に?

 かつては日本代表のエースとして活躍した。おそらくほとんどの人が「今は米農家」と聞くと驚くだろう。しかも2年前まで日本代表監督を務め、東京五輪を戦った男だ。なのに、今は軽やかにトラクターも乗りこなす。その姿をかつてのイメージと一致させるほうが難しい。

 そんな転身の理由を当人に聞けば、急な決断ではなかったと語る。むしろ現役選手として日本代表の中心で戦い続けた頃から決めていたライフプランだった。

「家業ですからね。50歳になったら実家に帰って農家を継ごうと20代の頃から決めていました。(実際に農業に携わって)もう2~3年になるかな。代表監督の頃からたまにトラクターに乗っていたから、フィリップ(・ブラン)には『代表監督でファーマーなのは、世界中でお前ひとりだけだ』と言われていました(笑)」

 耕作する田んぼは33ヘクタール。東京ドーム6、7つは優に超える広さを中垣内も含めた4人で管理しており、今後どんどん拡大していく見込みだという。2月頃から田起こしが始まり、何度か繰り返して土をならし、代かきをする間に種を蒔き、苗を育てて田に水を張り、4月の終わりごろから田植えが始まる。天候に気を配りながら稲の成長を見守り、9月頃から刈り取りを開始。十分に乾燥させてからもみ殻を取り、袋詰めして新米として出荷する。

【次ページ】 「ゴルフ焼けじゃないですよ、農業焼けです」

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