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スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
「ジャパンが出た方が面白かったかも」が一変…ラグビーW杯、日本代表が負けた後の準々決勝が“神回”だった《フランス現地記者は見た》
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byKiichi Matsumoto
posted2023/10/16 17:23
ラグビーW杯準々決勝。ニュージーランドに24-28で敗れ、アイルランドの「顔」ジョナサン・セクストン(38歳)は息子と場内を歩いた
こう書くと、「金銭感覚がおかしいんじゃないの?」とツッコミが入りそうだが、三笘の時に泊まった東横インはこの夜は5万円を超えているし、観光地であるマルセイユ旧港近くにいたっては8万円台だ(それでも12~15平米くらいの部屋)。
もはや、フランスにいたら、これでやっていくしかないのである。
災い転じて福となす。(アルゼンチン対ウェールズの)記者会見をしっかり聞いて、サンドイッチとビールを近所で買い、スタジアム真正面のホテルにチェックインして、アイルランド対ニュージーランドに備える。
「Phase37」の伝説
この試合は未来永劫「Phase37」として語られることになるだろう。
アイルランドは、フォロー、パス、ランニングコース、あらゆる角度や速度を計算し、何層にもわたってアタックを仕掛ける。その分、走る距離も長く、消耗度も激しい。緑のジャージが、何重にも湧き上がってくる――。
この重層的な(あるいはそのリズムを感じると「重奏」と言ってもいいかもしれない)アタックを止めるのは至難の業だ。プールステージではスコットランドはプライドをズタズタにされ、南アフリカでさえも時として守勢に回った。
24対28と追いかけるアイルランドに、最後の最後に練り上げたアタックを繰り出す時が来た。何度も攻めに攻める。
しかし、オールブラックスは崩れない。
そのうち、アイルランドの選手たちの足が止まってくるのが分かる。
限界を迎えていたのだ。
20フェイズを超えたあたりから、私はニュージーランドの選手たちの「規律」に感動を覚え始めた。
ラグビーでは反則をせずにプレーすることをdiscipline、規律と呼ぶ(たとえ話が卑近で恐縮だが、夜に飲み、〆にラーメンを食べないことも「規律」である)。
オールブラックスの選手たちはタックルしてはすぐに起き上がり、立って「正しく」ボールに絡もうとする。80分近くも戦ってきたというのに!
ここに王国の「厚み」を見た。
きっと、ティーンエイジャーのころから何度もこういう局面に立たされ、「規律」の意味を熟知しているのだろう。競り合いのなかで、いかに自分を保つべきか。これは人間の力が問われる瞬間だ。
そして最後の最後、途中出場し、この試合で151キャップ目を獲得したサム・ホワイトロックが「グイ」と腕をねじ込むと、ついにアイルランドから反則を奪った。
アイルランドの「顔」に感動
意志、そして規律の勝利。
私は「固唾を飲む」という日本語を、はじめて理解したように思った。
掛け値なしの傑作だった。