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スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
「ジャパンが出た方が面白かったかも」が一変…ラグビーW杯、日本代表が負けた後の準々決勝が“神回”だった《フランス現地記者は見た》
posted2023/10/16 17:23
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Kiichi Matsumoto
日本代表が負けた後は、なんとなく気持ちが切れた部分があった。文藝春秋写真部員Mくんと私は話し合い、「帰国までは自由行動としよう」ということにした。
プールステージが終わった段階で、メディアは準々決勝の取材申請を自分で行う。
パリか、マルセイユか。
Mくんの旅の装備は30kgに届かんとしており、移動は最小限度としたいという思いがあったようだ。彼は帰国便が出発するパリを選び、アイルランド対ニュージーランド、フランス対南アフリカを撮影することになった。
私はトゥールーズの部屋のチェックアウト作業があり、それに加えてマルセイユ絡みで散々な思いをしていたので(「おにぎり事件」「三笘を追ってマルセイユ」での電車遅延など)、思い出の上書きをしたいと考え、マルセイユを選んだ。
10月14日、49年前に長嶋茂雄が引退した日、マルセイユとパリで激闘が繰り広げられた。
「ジャパンが出た方が面白かったかも…」が一変
準々決勝①【マルセイユ発 アルゼンチン29-17ウェールズ「お前も俺たちの仲間だ!」】
前半は出来の悪い喜劇を見せられているようだった。レフェリーの負傷交代、ミスの頻発、ド突き合いのケンカ。「これならジャパンが出た方が面白かったかも」と思わないでもなかった。ところが、喜劇がラスト20分の伏線になってしまうのだから、ラグビーは怖い。
この前の日曜日、日本相手に切れ味鋭いカウンターを披露したアルゼンチンは、ピッチを駆けることをしなかった。とにかく愚直にウェールズの防御網に穴を開けんと突進を繰り返した。日本戦で使ったのが細身の刀だとしたら、この日のアルゼンチンは厚みのある肉切り包丁を振りかざしているかのようだった。
対するウェールズの防御も厚い。意外性のあるラグビーを見せないため、どうも評価が低くなりがちだが、このフィジカルなディフェンスは、やはり大したものだと感心せざるを得なかった。
後半20分を過ぎて、ウェールズが17対12とリード。しかし、アルゼンチンが後半28分に愚直にアタックを重ね、ボールをねじこんでこの日初トライ、キックも決まって19対17と逆転。
そして後半33分、ウェールズの23番、リオ・ダイアーがアルゼンチンディフェンスを切り裂くと、ウェールズのアイドル、14番のルイス・リース=ザミットがゴール左隅に飛び込もうとした――ところが、マティアス・モローニが渾身のトライ・セービングタックル。このあたりから、スタジアムは異常な興奮に包まれていた。
その瞬間、アルゼンチン人が爆発した
そして後半37分、「とどめ」の時間がくる。