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「怒声は禁止」「絶対無理と酷評されたノーサインで日本一」慶応・仙台育英と共通する“55歳の少年野球改革者”「本来は当たり前の指導だと」 

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間淳

間淳Jun Aida

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posted2023/10/04 11:00

「怒声は禁止」「絶対無理と酷評されたノーサインで日本一」慶応・仙台育英と共通する“55歳の少年野球改革者”「本来は当たり前の指導だと」<Number Web> photograph by Jun Aida

「多賀少年野球クラブ」を率いる辻正人監督。さまざまな試みをしてチームを強くしている

 多賀少年野球クラブの選手もバント、エンドラン、盗塁をする。戦術や戦略を熟知して一手、二手先の展開を予測し、状況に応じて自らベストな選択をするのだ。指導者がサインで選手を動かすのではなく、サインがなくても選手自身が判断する力を身に付けて初めて、ノーサインが可能になる。辻監督は「ノーサインは何でも気分良くプレーするものではありません。大人からの指示、命令を受けない野球です」と説明する。

 辻監督はノーサインを〈脳サイン〉と名付けている。つまり、脳を使った考える力が根底にある。7月に上梓した著書「多賀少年野球クラブ『脳(ノー)サイン野球』で子どもの考える力と技術が自然に伸びる!-楽しさと勝利を両立する育成法-」で詳細を明かしているが、ノーサインに必要な野球脳を鍛えるために辻監督は座学を取り入れている。

園児、小学校低学年や保護者が参加する“野球座学”

 座学ではアウトカウントや走者など、場面によってどんな戦術や戦略があるのかを子どもたちに伝える。園児や小学校低学年も対象で、保護者にも参加を促す。

「子どもたちは最初、私の話を理解できません。ただ、同じ内容を繰り返し説明し、座学で学んだ内容をグラウンドで練習すると少しずつ覚えていきます。保護者にも同席してもらうと、子どもたちが車の中や自宅で復習できるので知識が早く身に付きます。戦術や戦略を知ると、子どもたちも保護者も野球には考えるおもしろさがあると知ることができます」

 例えば、イニングの先頭打者が右中間に長打を放った場合、ギリギリのタイミングであれば無理に三塁を狙わない。無死二塁からバント、進塁打、エンドランなどでアウト1つと引き換えに走者を1つずつ次の塁に進めれば得点できるからだ。

 一方、1アウトから同じ長打が出たケースでは、多少のリスクを背負っても三塁を狙う。1死二塁では、次の打者が進塁させても2死三塁となり、その次の打者が凡退すれば無得点に終わる。チームの根底には、無死二塁をつくり、そこから無安打でも得点する考え方がある。

自分で考えて判断する力は、社会で必ず生きる

 選手たちは無死二塁や1死三塁とするために日頃の練習で攻撃のバリエーションを増やし、守備は無死二塁をつくらせない練習を繰り返す。練習試合ではベンチに大人を入れず、子どもたちだけで試合を進める時もある。誰が監督の役割を担うのか、イニングごとに監督を交代するのか、監督自体を置かないのか、方法も選手たちに任せている。多賀少年野球クラブの選手が試合で相手チームの隙を見つけ、辻監督のサインがなくても考えてプレーできるのは決して偶然ではない。

【次ページ】 慶応の優勝は常識を覆すというより、当たり前の指導

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