甲子園の風BACK NUMBER
“髪型自由”慶応との縁も…70年以上前に「非・丸刈り」で甲子園を制したチームの知られざる物語「野球技術と髪の長さは関係ありません」
text by
安藤嘉浩Yoshihiro Ando
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/08/23 06:02
「非・丸刈り対決」となった準決勝で土浦日大に勝利し、思い思いのヘアスタイルで校歌を斉唱する慶応の選手たち
終戦からわずか4年後の話である。日本はまだ混乱期にあり、大人の男性もバリカンで頭髪を短く刈る人が少なくなかったという。食糧難が続いていたので、代表校は米を持参して甲子園に向かっている。
そんな時代に自らの意思・スタイルを曲げず、監督に堂々と意見を述べる若者がいた。取材をしながら感激し、そのずっと後の時代に、さしたる疑問も持たず丸刈りで高校野球に打ち込んでいた自分を省みたものだ。
慶応にも当時から髪の長い選手がいた
結局、湘南はどうしたのか。
市瀬正毅部長が「甲子園に行って他校にも長髪の選手がいたら切らなくていいことにしましょう」という妥協案を出したと、3年生マネジャーだった高橋熙(ひろし)さんは述懐する。
結果的に、当時は東京代表として出場していた慶応にも髪の長い選手がいたので、短く刈らずに済んだという。「市瀬部長はたぶん、慶応には長い髪の選手がいると知っていたのでしょう」と高橋さんは想像する。
試合の写真は帽子をかぶっていて確認できないが、宿舎でくつろぐ風景には、前髪をたらした部員の姿が確かに写っている。
全国的に男女共学化が進んだ時期で、実は女子生徒によるプラカード係が開会式で導入された大会でもあった。初代プラカード係の1人で、湘南を担当した北村玲子さんにも取材したことがある。
北村さんは「湘南と聞いて、どこにあるのかもわからなかったのよ」と笑い、「ところが、リハーサルで選手と会って、びっくり仰天。すごく格好よかったの」と、はにかみながら懐かしんでいた。
「髪の毛がサラサラの選手もいたの。先頭に並んで出番を待つ間も、恥ずかしくて後ろを振り返れなかった」
そんな湘南が第31回大会の頂点に立った。丸刈りに反発した生徒としては、「野球技術と髪の長さは関係ない」ということを証明したという思いだったかもしれない。
あれから70年以上が経ち、今また球児の頭髪が注目を集めている。
当時から“丸刈りじゃなかった”慶応が、その話題の中心にいる。