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藤井聡太「差をつけられてしまった」永瀬拓矢の千日手“連発”に開幕戦黒星→逆転防衛…挑戦者が嘆息する、防衛率100%“絶対王者”の進化 

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大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2023/06/29 11:04

藤井聡太「差をつけられてしまった」永瀬拓矢の千日手“連発”に開幕戦黒星→逆転防衛…挑戦者が嘆息する、防衛率100%“絶対王者”の進化<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

今月、名人位を獲得しタイトル通算15期となった藤井、これまで失冠はゼロ。その中で黒星スタートとなり、苦境に立たされた2つのタイトル戦を振り返る

 藤井は昨年から、先手番で相掛かりを指すようになった。角換わりに比べて、序盤から幅広い選択肢がある戦型だ。いろいろな形を試してみるという意識で用いたことが、全体の研究の深さにつながった。ただし、あくまで序盤全体の理解度を深めるために現在、自分が興味がある形を用いているだけなので、相手の意表を突こうという意図はない。藤井が関心があるのは、500年近くも結論が出ていない将棋というゲームそのものである。相手の知らない順に持ち込むのだって立派な戦術のはずなのに、なぜか藤井聡太という棋士の前では、やけに小賢しく見えてしまうのも事実だ。

終局後、盤面を静かに見つめる豊島

 棋聖戦と同様、藤井が序盤から圧倒するとシリーズの流れが変わる。第3、4局も難解ながら最後は藤井が抜け出した。豊島にとって3連敗は重すぎるが、第5局で2人は観る者すべてを興奮させる激闘を繰り広げた。

 藤井が序盤で趣向を出したが、豊島も食らいついていく。超難解な中盤戦で藤井は驚愕の手を繰り出した。自玉上部に歩を合わせて、金駒を前に出そうとしたのだ。危険極まりない手だが、秀逸な構想だった。それによって不本意な角を打たされた豊島だが、執念の指し回しを見せる。渾身の手を続けて形勢の寄りを押し戻したのだ。

 凄まじく質の高い攻防を見ると、「すごい」と酔いしれるのではなく、自分の感覚が鋭敏になったような気分になる。本当にハイレベルな将棋とは、陶酔よりも覚醒を促すものなのだ。

 どんな熱局にも終わりは来る。藤井が最終盤でか細い好機をつかみ、突き放した。挑戦者が静かに頭を垂れると、対局室は静寂に包まれた。両者とも言葉が出ない。盤面を静かに見つめる豊島は何を思っていたのか。「これでも勝てないのか」と衝撃を受けているようにも見えた。

タイトルの獲得期数は「意識していない」

 叡王戦は3連勝、棋聖戦は3勝1敗、そして王位戦は4勝1敗――。藤井は3つのタイトル戦でぶっち切りの防衛を果たした。

 いや、藤井には防衛も挑戦もなかった。いま、思い浮かぶのは、眼前の将棋に全身で没入して最善を尽くそうとする最強棋士の姿である。

 タイトル獲得通算10期となり、初タイトル獲得から2年1カ月で達成と、最短記録を打ち立てた。けれど藤井は記者会見で、次のように語っている。

「タイトル獲得の数字については意識していることではない。また来月から竜王戦などもあるので、どの対局にもよい状態で臨めるように意識したいと思います」

 その竜王戦では広瀬章人八段の挑戦を受ける。しかし、誰が相手であろうと、どれだけ実績を積み上げても、藤井の視線の先にあるのは81マスの将棋盤と40枚の駒だけだ。その澄み切った眼差しで、将棋の深淵を射抜こうとしている。

<「叡王」編とあわせてお読みください>
#1から読む
藤井聡太に3連敗を喫し号泣…出口若武が明かす、叡王挑戦の3局で起きていたこと「盤の前に座ったら頭が真っ白に」「もう少し藤井さんと指せば…」

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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