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藤井聡太「差をつけられてしまった」永瀬拓矢の千日手“連発”に開幕戦黒星→逆転防衛…挑戦者が嘆息する、防衛率100%“絶対王者”の進化
posted2023/06/29 11:04
text by
大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
Keiji Ishikawa
後編は2022年6月3日、永瀬拓矢が挑戦した棋聖戦第1局、2度の千日手から再開された3度目の対局から始まる。 初出は2022年10月6日発売Number1060号掲載の[20歳の覇道]藤井聡太「深淵への旅は続く」 ※肩書は当時のまま
皆が首をかしげる中、この日3度目の対局が午後6時8分に始まった。両者が開始の一礼をした時、初夏の強烈な日差しは翳り始めていた。
永瀬のノータイム指し連発
先手の藤井が角換わりに誘導し、定跡形に進む。こうなるとどちらが手を変えるのかに注目が集まる。まず永瀬が用意の手を見せたが、それは棋聖も織り込み済み。永瀬はノータイム指しを連発した後、次の準備の手を放った。藤井に難解な3択を突きつけ、結果的にミスを誘ったのだ。藤井は珍しく粘りを欠いて押し込まれた。
永瀬は42手目を1分で指してから80手目に6分を消費するまで、まったく時間を使わなかった。恐るべき研究の質の高さである。藤井は「端歩の突き捨てがどう影響するかについての認識不足がミスにつながった」と序盤戦を悔やんでいた。
2回目のナゾに満ちた千日手
実はこの勝利には、2回目のナゾに満ちた千日手が大きく影響していた。
永瀬は翌日にこう明かしている。
「開幕局は振り駒なので先後が決まっていません。どうしても事前準備は、少し苦しいとされる後手番が中心になります。1度目の指し直し局では私が先手になりましたが、後手番ほどの準備がなかった。角換わりに誘導したら、明らかに藤井さんの準備が上回っている雰囲気だったので勝負を降りたんです」
なんという勝負術なのか。再び後手になったからといって、必ず藤井の研究を上回れると決まったわけではない。だが、永瀬はそれをやったのだ。2度の千日手は「体力勝負に持ち込んだのか」と見る向きもあったが、そんな次元の話ではなかった。
飛車をタダで取らせる綱渡りの勝負手
終局後、一部のネット上では「(2度の千日手に持ち込むことが)永瀬さんが藤井さんに見せたかった景色なのか」などと否定的な声もあった。言うまでもなく千日手は双方、合意の上なのでとがめられるべきことは何もない。的外れな意見だが、かえって新鮮に感じられた。そこまで知悉のないファンも意見するくらい、将棋は世間に広まったのだ。そしてそういうファンを引き寄せたのは他でもない藤井なのだ。