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「羽生善治52歳vs藤井聡太20歳」Nスぺ番組担当Dは“羽生名人の記録係を務めた元奨励会員”だった「羽生さんのミステリアスさは今も昔も…」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byNHK
posted2023/06/01 11:01
王将戦で名勝負を繰り広げた羽生善治九段と藤井聡太王将
棋士を目指す一人として間近で羽生を注視してきた田嶋だったが、番組の作り手に転身した。田嶋は奨励会を退会して以降、テレビ番組の制作会社に入って『将棋フォーカス』などの番組に携わっており、ABEMAでも第81期名人戦第6局1日目、対局室紹介レポートを担当していた。
その中でも主だった仕事は、奨励会時代の経験を生かして戦形や手筋などの講座をディレクションするものだった。そういった仕事をしている中で2018年夏、1つの出会いがめぐってくる。
そこから、羽生善治を違うアプローチで追うことになる。
AIとの向き合い方、そして羽生という棋士の存在
「将棋のプロ一歩手前を経験した人で、今はテレビ番組を作っている人がいるよと聞いて、声をかけたんです」
こう語るのは、番組の制作統括・小堺正記氏である。そもそも小堺は将棋好きで、かなり親しんでいたそうだが「自分が将棋番組を作るのは、趣味を仕事にしているような照れくささもあったんです」とのことで、自らの中に一線を引いていたという。その中で羽生との出会いが生まれたのは、2010年のことだった。『クローズアップ現代』で有吉道夫九段(2022年9月に逝去)の現役最後の日々を追った際、スタジオのゲストとして招いたのが羽生だった。
「そこから羽生さんとの付き合いが始まったんですが、さらに大きかったのは2012年に同じ番組で将棋電王戦を取り上げたことです。当時の米長邦雄会長とボンクラーズが対戦して、米長会長の最初から入玉を目指すような戦いを目の当たりにした時に……」
2023年の今、将棋の対局中継でAI評価値が表示されるのは当たり前の時代になった。しかし当時の世間的な興味は「人間とAI、どちらの将棋が強いのか」という評価軸だった。その戦いにあって、米長の必死に勝利の糸を手繰り寄せようとする姿勢に、小堺は「これは何かすごいことが起こるのでは」と感じたという。その後も2014年に電王戦の特集番組を作るなど「AIとの向き合い方、人間のこれからの働き方にも通じてくる最先端が将棋そのものなのでは」と問題意識を感じていた。
将棋を知らない一般の人にも興味を持ってもらうために
その中で小堺は2015年、羽生とチェスの元世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフ氏との対談番組を担当した。「そのあたりから羽生さんがAIについてどう考えているかなどを聞くことができた」こともあり、AIに向き合う天才棋士という視点に深く興味を持つことになった。
「そのタイミングで、田嶋さんに声をかけたわけです」