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「気持ちはわかる。でもわがままは…」ダルビッシュに吉井理人が日本ハム時代コーチングした意図「その後のメジャーでの振る舞いを見ていれば」
text by
吉井理人Masato Yoshii
photograph byToshiya Kondo
posted2023/04/30 11:02
2008年のダルビッシュ有(当時21歳)。日本ハム時代、吉井コーチはどんな働きかけをしたのか
日本にいたときに誰かにこんなこと言われたな、という程度の記憶でもいいから残っていてくれたら嬉しい。ただ、その後のダルビッシュ選手のメジャーリーグでの振る舞いを見ていれば、少しでも影響したのかもしれないと勝手に思っている。
振り返りをしてもらっている投手の中に、責任感が異様に強く、自分の失敗をなかなか許せないタイプの投手がいる。振り返りのときにつける採点も辛い。何でも自分で背負い込もうとして、それがパフォーマンスに悪影響を与えている。つまり、注意を向ける方向が間違っている。何度か彼と話すうち、原因がわかった。彼は社会人からプロに入った選手だ。社会人野球はトーナメントの大会ばかりなので、基本的にはほとんど一発勝負の戦いだ。そのため、試合に負けたときの会社からの批判や風当たりが尋常ではない。
野球部の選手全員で、工場の門の前で整列し、負けてすいませんでしたと一日中謝罪させられるチームもあるという。仕事をしないで野球をしているのだから、負けたときは謝れという社員がいるらしい。僕からすれば、そんな人たちに謝る必要はないと思う。しかし、彼はそんな奇妙で厳しいプレッシャーの中で野球をやってきたので、トラウマになっていて切り替えられない。コーチとしての僕の仕事は、そのトラウマを取り除いてあげる育成行動だ。
こういうタイプの選手に必要なのは、技術指導ではない。「おまえの失敗は許される範囲なんだから、早く忘れて次に向かえば、必ずいい結果が出るよ」という声がけだ。
一流のエースになった選手はまた違う難しさがある
〈第四ステージ「上級者(一流・エース)」は、寄り添いつつ信頼関係を維持する〉
第四ステージに到達している上級者は、いわゆる「エキスパート」だ。技術的にも精神的にも成熟していて、コーチは寄り添うだけ、見ているだけ、何かあったときの「相談役」でいい。
今のプロ野球界には、このステージにいる選手はほとんどいない。先ほどご紹介したように、メジャーリーグに行く直前のダルビッシュ選手、ソフトバンクホークスのサファテ選手がこのステージに該当する。彼らの考えはほとんど間違っていないので、聞いてあげるだけでいい。
ただし、何か問題が起きたときに出てくる課題が高度なので油断できない。しかも、彼らはコーチを試すようなことを仕掛けてくる場合がある。